俳句カレンダー鑑賞  令和2年11月

俳句カレンダー鑑賞 11月
一の酉夜空は紺のはなやぎて 渡邊千枝子

 酉の市といっても一の酉の明るさ、二の酉のゆとり、三の酉の寂寥とそれぞれに趣が違う。
 この句、作者の幼少女期の記憶に〓がる。夕刻から夜へ移る頃、家族と一緒の外出、何を着て行こうか何を持って行こうか、さまざまに思いめぐらせて期待が高まる。
 眩い光の世界を全身で楽しんだ後、せがんで持たせて貰った切山椒の包みの思わぬ手応えに驚き、行きとは桁違いの俄か冷のなか家路につく。〓いだ手が嬉しい。暖かく明るい灯の下での団欒が待っているのだ。
 酉の市でいろいろ見聞きしてもひと通りの句はできるだろうが、雰囲気に負けてしまいがちだ。
力みがあるからであろう。この句はその景を真正面から詠むのではなく、その前段ともいうべきものを詠んでいる。
 浅草は蔵前に生れ育った作者の、心の底から成る酉の市である。
(小野恵美子)
一の酉夜空は紺のはなやぎて

渡邊千枝子

 社団法人俳人協会 俳句文学館594号より