今日の一句
- 八月十四日
風切つて父の乗りくる茄子の馬 佐藤安憲 バイク乗りの好きな父だった。「茄子の馬」にバイクの父の颯爽とした姿を連想した。
「佐藤安憲集」
自註現代俳句シリーズ一三(二四)
- 八月十三日
盂蘭盆の関帝廟は硬貨撒く 岩崎照子 神戸山手の関帝廟。硬貨が撒かれておどろいた。丹の色の大きな顔の関帝をおがんだ。
「岩崎照子集」
自註現代俳句シリーズ七(三九)
- 八月十二日
灯を消して盆唄かなしとぞ聞ける 伊藤康江 盆唄がこれほど悲しく聞こえたのは始めて。
「伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一(一八)
- 八月十一日
溝蕎麦や石三つ積み野の仏 福神規子 畦に見かけた三段に積まれた石。その丸さといい傾ぎ具合といい、多分野仏だろうと思った。金平糖のような溝蕎麦と共に心魅かれた。
「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四七)
- 八月十日
七夕の欅明るき空のいろ 斎藤夏風 珍しく晴れの七夕、涼風も立って星空心待ち。上手くいけば星が見えるかも知れぬ、半分期待、葉の繁りきった欅、その先に農家の屋根。
「斎藤夏風集」
自註現代俳句シリーズ五(四一)
- 八月九日
原爆忌真鯉は水を打擲す 角谷昌子 ふいに鯉が体をくねらせて池から飛び上がり、したたかに水面を打った。散ったしぶきとともに鯉が池に吸い込まれると静寂があたりを覆った。原爆忌の寸時のできごと。
角谷昌子 句集『地下水脈』 所収
- 八月八日
ひと坪に足らぬ踊の櫓かな 染谷秀雄 佃島の盆踊は静かだ。江戸時代からの形を今に伝える踊は先祖を偲び隅田川を流れる無縁仏を供養する念仏踊りが起源となっている。一坪足らずの櫓の上で太鼓を叩きながら淡々と唄う。それに合わせて足を踏み、手を振り出して亡き人の霊とともに踊る。
染谷秀雄 句集『息災』 所収
- 八月七日立秋
うたたねを覚めしが秋になつてゐし 今瀬剛一 昼寝覚めは一種の虚脱感をともなう。あたりの物が妙に白っぽく、風も肌にしっとりと感じられる。ふと秋になった思いがする。
「今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六(三三)
- 八月六日
音もなく師は燃えて今日原爆忌 宮脇白夜 八月五日、中村草田男逝去。八十二歳。私の電話連絡が間に合って、その日の早朝のNHKテレビ・ニュースで、その死の報が全国に流れた。
「宮脇白夜集」
自註現代俳句シリーズ八(四六)
- 八月五日
竿燈に火の川となる雨後の道 高橋悦男 男鹿半島への旅の途次、秋田市に一泊、竿燈祭を見た。午後から豪雨となったが、夕方には止み、雨上がりの街に竿燈がくりだしてきた。
「高橋悦男集」
自註現代俳句シリーズ一一(三五)
- 八月四日
竿燈を横たへたれば月の船 行方克巳 竿燈を運ぶとき横たえるようにする。その印象を月の船と表現してみた。
「行方克巳集」
自註現代俳句シリーズ・続編二三
- 八月三日
朝の蟬さざ波のごと茂の忌 皆川盤水 「ぼるが」の亭主高島茂が平成十一年八月三日に病没した。告別式は盤水の自宅に近い中野坂上の宝仙寺で行われた。広い境内に朝の蟬が細波のように鳴いている。「さざ波のごと」に深い哀悼の心情がある。通称茂さんは終生盤水の無二の句友だった。合掌。(三四郎)
「皆川盤水集」脚註名句シリーズ二(一二)
- 八月二日
晩夏廃村石ごろごろと墓じるし 飯塚田鶴子 晩夏の秋山郷和山。天保飢饉で部落が死に絶え、その墓をたずねた。墓石なく石ごろごろと荒れ放題。晩夏の渓の日は弱く既に傾いていた。
「飯塚田鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七(一〇)
- 八月一日
太刀魚の刃渡り長き晩夏かな 大岳水一路 魚揚場の三和土の上に、十四、五匹の太刀魚が並べられていた、いずれも見事で長い。業物の太刀を見る思いであった。
「大岳水一路集」
自註現代俳句シリーズ六(四四)
- 七月三十一日
はらからも番地も失せりサングラス 松山足羽 福井市錦上町六八(現在順化一丁目)で生れ転々とした。近年は帰郷する機会が増えたが町並はすっかり変貌した。サングラスを掛けて探っている。
「松山足羽集」
自註現代俳句シリーズ九(二〇)
- 七月三十日
誰も読まぬ電光ニユース夏の果 倉田春名 大都市の晩夏は虚しさに充ちている。疲れた勤め人達がそそくさと家路へ急ぐ夕暮、電光ニュースは無視されながら、また振出しに戻る。
「倉田春名集」
自註現代俳句シリーズ六(五三)
- 七月二十九日
月下美人座敷に移し主賓めく 佐藤俊子 頂いた月下美人が咲き初めたので座敷に移し、夫と愛でる。妖艶な匂いに孫は逃げ腰だった。
「佐藤俊子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四六)
- 七月二十八日
浮輪ごと父に抱かる海暮れて 原田紫野 もっと遊びたいのに、とジタバタ暴れても父の太い腕を抜け出すことは出来ない。
「原田紫野集」
自註現代俳句シリーズ一二(一〇)
- 七月二十七日
かなかなのまつただ中へ転居せり 藤本安騎生 七月二十七日、東吉野村字平野は蜩の大合唱であった。庭先にある滝の水を飲み顔を洗った。ここが終の棲家なのである。
「藤本安騎生集」
自註現代俳句シリーズ八(一六)
- 七月二十六日
酒蔵の片陰いづこよりも濃し 品川鈴子 灘の旧浜街道。古い酒蔵に挟まれた路地の風筋では、今も酒樽をこつこつ手で造る。酒どころならではの、宮水「沢の井」も湧く。
「品川鈴子集」
自註現代俳句シリーズ五(四二)
- 七月二十五日
日盛りの禅寺の厠借り申す 伊藤白潮 黒羽に一泊し翌日雲厳寺に詣った。芭蕉の奥の細道で有名なこの寺は、森が深いが暑い日で体調を崩すほどであった。
「伊藤白潮集」
自註現代俳句シリーズ五(六一)
- 七月二十四日
七月や矮鶏の黒羽の青びかり 向笠和子 「七月や」と打出してこの句はすらりと出来た。七月とちゃぼの首の青い光りの衝合である。
「向笠和子集」
自註現代俳句シリーズ五(六〇)
- 七月二十三日
髪切りが鳴く甲冑をきしませて 若木一朗 髪切りをつよく握るとぎぎと音を出す。これを甲冑をきしませてと詠ってみた。そして自分でもこれでいいと思った。
「若木一朗集」
自註現代俳句シリーズ六(七)
- 七月二十二日大暑
梅干で暑気を払ひて鹿島立ち 門脇白風 娘がアメリカ留学へ旅立つとき、母から梅干を食わされていた。娘は素直に食べて立ち出でた。帰朝まで効能がある訳でもあるまいに――。
「門脇白風集」
自註現代俳句シリーズ五(三八)
- 七月二十一日
指環棲みついてゐさうな泉かな 櫂 未知子 毎年、誕生日に「指環」を買ってもらうのが恒例となっている。そのせいだろうか、「泉」に出合うと、指環が潜んでいないかとつい探してしまう。
櫂 未知子 作句年 2020年
「群青」『俳句年鑑』などに掲載
- 七月二十日
路地深く住む表具師の裸癖 千田一路 大工から転職した異色の表具師。大柄な体に玉の汗を光らせながら、珍しい書画を次々と広げて見せた。不折の軸を譲ってくれたのも彼。
「千田一路集」
自註現代俳句シリーズ九(一)
- 七月十九日
土用入大樹を伐りて運び去る 蓬田紀枝子 樹齢百年の発行所の柳が伐られた。アメリカシロヒトリがいのちとりになった。「何か今日は心が浮かない」と先生の日記にあり。
「蓬田紀枝子集」
自註現代俳句シリーズ五(五七)
- 七月十八日
炎天や頭中まつ赤な舌が棲む 山本古瓢 目まいを覚えるほどの暑さがあるものだ。炎暑に灼かれた頭の中に、ふと見えた幻想の舌である。
「山本古瓢集」
自註現代俳句シリーズ五(二八)
- 七月十七日
はればれと佐渡の暮れゆく跣足かな 藤本美和子 平成七年の夏、夫の赴任地新潟県柏崎市を子供達と訪ねた。鯨波海岸から佐渡を遠望した夕景。三十年経た今も色褪せることはない。
藤本美和子 『跣足』所収
- 七月十六日
汗のほかには味方なし汗滂沱 鷹羽狩行 人間本来無一物、その人間が生きてゆくには働かなければならない。「味方なし」を自覚して、さらにまた汗を出す。
「鷹羽狩行集」
自註現代俳句シリーズ一(二)