俳句カレンダー鑑賞 令和3年8月
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滝落ちて群青世界とゞろけり
水原秋櫻子昭和29年、秋櫻子は那智の滝を訪れた。十日余りの旅の途次で、体力気力とも最も充実していた時期だ。
石段を登りきった所に那智神社。境内の続きに青岸渡寺があり、滝を見下ろす絶景であったが、滝に近づくべく石段を下り観瀑台へ。滝には大きな幣が掛けられ滝風に翻っている。三百メートルの落差の中途で、滝は岩壁に当って砕けその水量と音に、魂が揺さぶられたという。
滝の周辺は鬱蒼とした老杉で、その群青色が滝と共に躍動して見えた。それで「群青世界」という言葉が浮かんだ。前年中尊寺の金色堂を案内して下さった僧が使われた「金色世界」という表現が印象に残っていたからで、いつか「〇〇世界」を使いたいと思っていたそうだ。
「とどろけり」は、普通の形容かと迷ったが、考えた末決めたという。簡潔で調べを大切にした秋櫻子の、得心の句ではなかったかと、私は思うのだ。
(德田千鶴子)社団法人俳人協会 俳句文学館603号より