俳句カレンダー鑑賞 令和4年5月
- 俳句カレンダー鑑賞 5月
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下草もなく明るい松林。その見通しのきいた視界に人の気配はなく、白い空間に迷い込んだようだ。しかし、「ければ」「見ず」という力の入った表現には、確たる自己がある。その淡い世界に実在を見出す感覚にさせたのは、松蟬の鳴き方によるのかもしれない。松蟬はじわじわ鳴き始めるが、筋金入りの声が重なると次第に大きくなっていく。夏の蟬ではこの複層的な感覚は出せない。
同時作に〈松蟬の声古釘を抜くごとし〉があり、この句では松蟬の声が耐える古釘にたとえて詠まれている。ともに『朝晩』(2019年)所収。
作句の地は奈良市の大和文華館。閑静な住宅地の中、赤松の古木が生える高台に位置する。木の間からは日本最古の溜池とも言われる蛙股池の水面がのぞき、上代に通じる静けさを味わえる。
(桐山 太志)松蟬や昼深ければ人を見ず
小川軽舟
社団法人俳人協会 俳句文学館612号より