俳句カレンダー鑑賞 令和5年11月
- 俳句カレンダー鑑賞 11月
-
「翁忌」は松尾芭蕉の忌日で陰暦１０月１２日。陽暦１１月半ば頃に当たり、「時雨忌」とも呼ばれる初冬の季語である。
掲出句は題詠で、奈良泊まりの朝を思い出して詠まれたという。深吉野の「天好園」での朝食時、隣席の茨木和生先生に「美味しいから」と勧められたのが茶粥だった。奈良の茶粥といえば、煮出したほうじ茶で米を炊いたもの。木の蓋を取り小鍋から木杓でよそってもらった温もりが思い出された。香り高く、ほうじ茶の鄙びた薄茶色も時雨の頃の肌寒さに適うと翁へ供える一句とした。
平明で衒いがなく中七の「木杓に掬ふ」に素朴な温かみが感じられる。休職して芭蕉研究に励まれた作者の、旅をよくした芭蕉翁への心持ちの窺える挨拶句である。「汀」創刊前年の作で句集『夜須礼』所収。
（市村 和湖）翁忌の木杓に掬ふ茶粥かな
井上弘美
社団法人俳人協会 俳句文学館630号より