俳句カレンダー鑑賞  令和6年9月

俳句カレンダー鑑賞 9月
葛の花昔の恋は山河越え 鷹羽狩行
葛の花昔の恋は山河越え

鷹羽狩行
 一読、山河を越えて女性のもとへ急ぐ男性がイメージされる。「むかしの恋」の「むかし」から、どんな時代のどんな階層の男女を思うかは、読む人によって違ってくるだろう。
 いずれにしても「むかしの恋は」というのだから、おのずと現代の恋との比較になる。車も電車もない時代を生きた人々の力強い野性味が背景に広がる。
 こうした情景が浮かぶのは、季語「葛の花」の働きが大きい。葛には力強く蔓を伸ばす生き生きとした生命力があり、力強い野性味を感じさせるからである。
 とはいえ、文明が発達する前のむかしの恋を実際に見てくることはできない以上、作者の心の中に浮かんだイメージが詠まれた句といえる。豊かなイメージから生まれたロマンティックな味わいに富んだ一句には、映画の一場面を見るような情感がある。
 さらに恋にとどまらず、常識や倫理に縛られて活気を失ってしまった現代人への嘆きがこもっているといえば、深読みが過ぎるだろうか。
(牛田 修嗣)
 社団法人俳人協会 俳句文学館640号より