俳句カレンダー鑑賞  令和6年10月

俳句カレンダー鑑賞 10月
鹿鳴いて月の浅瀬を渡りくる 亀井雉子

 晩秋の妻恋の牡鹿。こちらの山からあちらの山へと月の川瀬を渡ってゆくのだろう。前方にくろぐろと立ちはだかる山容。月明に映し出された川筋がしらしらと光っている。濡れたような牡鹿の背。微かな水音。哀愁に満ちた牡鹿の声が深い深い谷間に響く。里人の多くもこの声を聴いたことだろう。
 万葉集舒明天皇の歌
「夕されば小倉の山に
鳴く鹿は今宵は鳴かず
いねにけらしも」
は当にこんな景である。古代から今に至る悠久の時の流れを感じる。中村市はかつて一條氏の荘園があった所。京の風情が残る地でもある。
 作者は産土四万十流域の暮しや生き物を一貫して句に詠まれる。この地の生きとし生けるものは作者の句の中に生き生きと息づくのである。
(谷 ゆう子)
鹿鳴いて月の浅瀬を渡りくる

亀井雉子

 社団法人俳人協会 俳句文学館641号より