俳句カレンダー鑑賞  平成22年7月

俳句カレンダー鑑賞 7月
老い母のしづかな湯あみ夜の秋 西嶋あさ子

 何という静けさ。日本画の静謐さが漂う。湯殿の小窓の下の草陰に、はや鳴き出した虫の音が聞こえるようだ。少し腰を折った老婦人が手にするのは、晒しの手拭か。傍らに小ぶりの金盥に手桶。老いて所作のゆるくなった身は、湯音もひそやか。
 作者は厨事か、縁側か、それでも耳は湯殿を気遣っている。その優しさに季語「夜の秋」がしっとりと溶け入っている。季語が際立たず、老いた母の湯あみを包容してつつましい。この難しい季語を、その季語の持つ力の大きさを、見事に美しく表現した。久保田万太郎・安住敦と、師系は季語の扱いが実にうまい。それをあさ子は素直に掌握したのである。敬慕してやまぬ敦の、眼を細めて頷く笑顔が浮かぶ。
 〈今生の母今生の夕ざくら〉〈長き夜の一灯母と頒ちけり〉、そして絶唱、〈優曇華やおもしろかりし母との世〉。
 余りにも羨ましい母子像ではないか(平成7年作。句集『埋火』所収)。(藤田 昌子)
老い母のしづかな湯あみ夜の秋

西嶋 あさ子

 社団法人俳人協会 俳句文学館471号より