俳句カレンダー鑑賞  平成24年3月

俳句カレンダー鑑賞 3月
うつしみは涙の器鳥帰る 西村 和子

 茫漠とひろがる春浅い景。作者は、ひとり佇つ。
 そのまなざしが大空の涯に向けられていると思わせるのは、季題「鳥帰る」の働きばかりではない。「うつし身」が、亡き人の存在を語るのである。
 あの人は、私をおいて逝ってしまった。この世に残されたわが身は、まるでとめどなく湧いてくる涙を湛える器。見上げる空を今、あの人の化身とも思える白鳥が北へ帰ってゆく。
 帰る鳥は多いが、ここでは白鳥がふさわしい。大和言葉の「うつし身」が死後、白鳥となって天翔けたという倭建命のイメージを誘うからである。
 喪失の悲しみに満ちた身を「涙の器」とした新しさと、上五中七を普遍的に述べて、かえって感情の深さを表現した技巧に注目したい。
 夫を亡くした平成18年の作。句集『鎮魂(たましづめ)』所収。(帶屋七緒)
うつしみは涙の器鳥帰る

西村 和子

 公益社団法人俳人協会 俳句文学館491号より