俳句カレンダー鑑賞 平成24年12月
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鴨たつや影より己ひきちぎり 有馬 朗人 句集『耳順』所収。昭和62年の作。
初鴨の浜名湖にご案内した折の、目の前で写生の真髄をご教示頂いたような句である。
車を降りた先生は、ためらうことなく水際まで足を運ばれ、鴨たちを眺めた。温暖な土地とはいえ、冬の湖風はきつい。コートも羽織らず寒風に佇むその背に、一種の近づき難い気迫を感じた。
同時作に〈鴨すべる己の影をぶらさげて〉があり、いずれも鴨の影に視点を置かれている。水に浮かぶ鴨は、当然その影を投影している。が、その当然を当然としない視線が凄い。それは作者の深い観察力と精神の在り処で、紛れもなく科学者としての洞察力に繋がる視線に他ならない。 当たり前のものから、当たり前でないものを見出す眼を持ち、当たり前の言葉で表現し、新たな感動を呼び起こす。
対象の凝視から発見に至る大事を教えられた、忘れ得ぬ一句である。
(和久田隆子)社団法人俳人協会 俳句文学館500号より