俳句カレンダー鑑賞 平成26年12月
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富士隠す冬山ひとつ東歌
鍵和田秞子富士を隠す山にまず驚く。しかし冷静に考えてみると、富士山に近い山懐、例えば足柄山塊辺りなら確かに見えない。
ただ作者の描きたかったことは、富士を隠すという光景そのものにあるのではなく、日も差さない冬の山奥に住む人の暮らしである。下五がそのことを示している。
足柄の彼面此面にさす罠のか鳴る間静み子ろ吾紐解く(東歌)
仕掛けておいた罠ももう鳴らない夜になった。さあ愛を睦み合おうではないか、と大胆に恋心を詠んでいる。
ひっそり閑とした足柄山を歩みつつこのような歌が作者の心を去来したのか。奈良の昔、決して住むのに楽ではない山間の土地で、それでも人々は幸せを求めて、時には想いを飾らない言葉で謳って、日々を暮らしたのである。
この素朴に生きる姿にしみじみと共感する。
(依田 善朗)公益社団法人俳人協会 俳句文学館524号より