俳句カレンダー鑑賞 平成28年4月
- 俳句カレンダー鑑賞 4月
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一本の木がある。桜と気がつくが言わない。人間は「無い」と言われると逆に「無い」はずの存在を思い浮かべてしまう。パラドックスである。
このイメージ再現力はそこに「ある」と詠われるより、「ない」と打ち消されることによって、一層読者を刺激する。
「ひとことも桜と言はず」の措辞が、白日のもとに言葉とならない桜がイメージの中に明確な存在を主張している。そこにこの句の、人を惹きつけてやまない力があるといえよう。さらに外的な「桜を見た」働きと、内的な「言わない」という沈潜した心理との隔たりが、思念の形をとる一句となっている。
最後の「歩みけり」が何かを感じても言葉にせず、歩き続ける現代人の孤独を表しているともいえるだろう。
第5句集『つばらつばら』所収。(藤井 綸)ひとことも桜と言はず歩みけり
佐藤麻績
社団法人俳人協会 俳句文学館540号より