俳句カレンダー鑑賞 令和6年3月
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雁帰る攫はれたくもある日かな
大石悦子北方へ帰っていく雁との別れ。これを惜しむ心は古くから詩歌に詠まれてきた。古典の伝統的美意識に自身を立たせることに専念した作者である。
この句は平成19年作、句集『有情』に収められている。一句の背景に作者がよく訪れた湖国近江の空がひろがる。帰る雁に心を寄せ、攫っていってほしいとはなんとも切ないが。
「心に屈することのある春の日。ここから誰か連れ出してくれないかなどと、現実逃避の思いをめぐらす」これは自註のことば。つよい志を持ち、弱音など吐くことはなかった作者にして心屈する日もある。自身の長い病気とのたたかいに心が折れそうになったこともあろう。しかし、気丈にして華やかな遊びごころをつねに一句にこめた作者を思えばこの句は相聞句と見ることも出来ようか。その方が悦子さんらしいと思うのだが。雁にきくわけにもいかない。
かつて、立ったまま死にたしなどとかっこいい死を念じた作者。最期まで日本人の美の感性にこだわったのである。
(鈴木しげを)社団法人俳人協会 俳句文学館634号より