俳句の庭/第83回 焼失のため 櫂 未知子
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櫂 未知子 昭和35年 北海道生まれ。「群青」共同代表。第一句集『貴族』で中新田(なかにいだ)俳句大賞、『季語の底力』で俳人協会評論新人賞、第三句集『カムイ』で、俳人協会賞・小野市詩歌文学賞を受賞。著書に『食の一句』『俳句力』『言葉の歳事記』『十七音の旅』『季語、いただきます』などがある。俳人協会理事、日本文藝家協会会員。 |
わが「群青」の吟行は、月一回の通常の吟行の際も、あるいは合宿等の場合でも、なぜか必ず「川」が入る。これはひとえに共同代表である佐藤郁良さんの好みだと思うのだが、一緒に川の流れを見ているうちに、心が落ち着いてくるのは不思議である。
春川の源へ行きたかりけり 京極杞陽
『くくたち 下巻』(昭和二十二年刊)より。春川、すなわち春の川は、三春の季語だから、四月のこのコーナーで取り上げても問題はないかと思う。ただ、この句が昭和二十年作で、その直後に次の二句があることを思うと、少し迷いもするが……。
都鳥群れ何ごとも無きごとく 杞陽
春水にのこれる橋のかかりをり
東京大空襲で下町一帯は灰燼に帰した。関東大震災で家族のほとんどを失い、遺骨さえたしかめることのできなかった杞陽にとって大空襲は悪夢の再来でしかなかっただろう。実はわが父も神田で焼け出されている。「同級生の遺体を探して川べりを歩いた」と父はただ一度だけ語ったことがあった。しかし、思いがけない若さで世を去った父はそれ以上語ってはくれなかった。
後年、当時の役所とつながる機関に住民票の存在を尋ねたことがある。わが一族が戦時中に神田の何番地に住んでいたのか知りたかったからだ。しかし、帰ってきた答えは「焼失のため答えられず」だった。