俳句の庭/第16回 ガーちゃん  今井 聖

今井 聖
1950年新潟に生れ。鳥取で育つ。 1971年加藤楸邨に師事。 1996年「街」を主宰誌として創刊。 『言葉となればもう古しー加藤楸邨論』で第32回俳人協会評論賞を受賞。著書に、小説『ライク・ア・ローリングストーン 俳句少年漂流記』、ジュニア新書『部活で俳句』他に句集四冊。

 二十年くらい前だったか。勤務校の校門で倒れている子烏を見つけた。蠅がたかっていたので死んでるとおもったら、「ガー」と顔を挙げた。上空で親烏らしいのが僕を威嚇している。僕は紙箱に子烏を入れると車に入れて帰り、近所の動物病院に連れていった。受付で「カラス」と書いたら、いいえお名前ですと言われたのでとっさに「ガーちゃん」と書いた。骨は折れてないから時間が経てば治りますと獣医は言って「野生ですから料金は要りません」。いい人だった。野生動物は飼ってはいけないことになっているらしいので僕は区の動物園に電話して保護を頼んだ。烏の保護はできませんと言われたのでじゃあ傷が治るまで飼うからねと言って電話を切った。嘴をこじ開けてミルクに浸したパンをピンセットで差し込むと次の日から自分で口を開けて催促する。ガーちゃんはほんとうに賢い。段ボールで作った大皿のような巣に乗せていたが、糞は絶対に巣の中にしない。その代り周辺は糞だらけだ。がーちゃんと呼ぶと「ガー」と応える。愛情表現は僕の指を咥えること。引き抜かないといつまでも放さない。烏はテリトリーがはっきりしているので、ベランダに出すと他の烏がすぐ威嚇しに来る。ガーちゃんはおびえながら家の中に戻る。僕はガーちゃんを肩に乗せて散歩したので近所で有名になってしまった。大きくなったガーちゃんは徐々に行動範囲を広げて或る日居なくなった。一説によると烏の寿命は二十年くらいらしい。ガーちゃんはどこかでというよりまだ近所に居て僕を木の上から見ているかもしれない。