俳句の庭/第26回 雲雀 藤本美和子

藤本美和子
平成26年より「泉」継承主宰。公益社団法人俳人協会理事。
句集に『跣足』『天空』『冬泉』『現代俳句文庫藤本美和子句集』、著書に『綾部仁喜の百句』など。第23回俳人協会新人賞受賞。第9回星野立子賞受賞。
 うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独りしおもへば
雲雀といえば家持のこの歌が思われるのだが、私の場合、「情悲しも」という心情にはほど遠い。
 雲雀の姿が見られるのは山梨県北杜市、三分一湧水の周辺に広がる麦畑である。天候がよければ富士山、南アルプス、八ヶ岳の山々が見渡せる。家持の歌の季節は春であるし、「雲雀」はもちろん春の季語ではあるのだが、私がこの地で雲雀と出会える時期はたいてい麦秋のころだ。金色の麦の穂に雲雀の囀りがひときわよく響く。またそのような光景のなかで目にする揚雲雀や落雲雀の姿はしばし日常を離れ、さまざまなことを忘れさせてくれる。春愁という気分に陥らずにすんでいるのは季節が違うからか。どちらかといえば、素十の<揚雲雀時時見上げ憩ひけり>の心境に近い。
 三分一湧水の名はその昔、水争いをしていた三つの村に水を等配分するために築いた堰で、武田信玄がその任にあたったと言われる。日本名水百選にも入る、なかなか美味い水である。
 これら名水、名山に囲まれた土地に棲息する雲雀こそ恵まれているというべきかもしれない。毎年麦秋のころにはこの雲雀に会うのをならいとしているが、コロナ騒動もあって今年はいまだ出会えぬままだ。