俳句の庭/第28回 かいつぶりの冒険 小澤 實
小澤 實 昭和31年、長野県生れ。平成12年「澤」創刊、主宰。平成10年、句集『立像』で第21回俳人協会新人賞。平成18年、句集『瞬間』で第57回讀賣文学賞詩歌俳句賞、平成19年、評論「俳句のはじまる場所」で第22回俳人協会評論賞。現在、俳人協会常務理事、讀賣新聞・東京新聞俳壇選者。 |
新幹線車載誌「ひととき」に長年連載してきた『芭蕉の風景』が、上下二冊の単行本として刊行されることになった。ウエッジ刊。連載の休止を言われた時の寂しさは、今でも忘れられない。しかし、県をまたいでの取材がしにくい、コロナの時代が来るとはその時は想像もできなかった。連載が続いていたら、現地を踏まないで、中途半端な原稿を書くことになったろう。終わっていて、よかった。
芭蕉の句では、次の鳥の句が忘れがたい。「かくれけり師走の海のかいつぶり 芭蕉」『色杉原』(元禄四年刊)所載。かいつぶりの古名は「鳰」、「鳰の海」は琵琶湖の別称。琵琶湖に棲む水鳥を代表する鳥である。かいつぶりは明治以降現在に至るまで、冬の季語となっているが、芭蕉のころはまだ季語ではなかった。それゆえ、掲出句の季語は「師走」のみ。句意は、「水の中に隠れてしまった。師走の琵琶湖のかいつぶりは」。取材は、琵琶湖の東岸烏丸半島にある琵琶湖博物館に、かいつぶりの餌やりを見に行った。
かいつぶりといえば、人類学者中沢新一氏の著書『アースダイバー』(講談社)に記されていたアメリカインディアンの神話を思い出す。神話の中でその鳥は、大洪水の後に水底の泥を取って来て、その泥から新しい世界を生み出したという。掲出句を作った芭蕉自身もこの神話を知っていたかもしれないと思った。『おくのほそ道』は東北北陸に古層を訪ねるまさに「アースダイバー」の旅だった。