俳句の庭/第5回 春と夏のはざまで 櫂 未知子

櫂 未知子
北海道余市生まれ。大牧広、中原道夫に師事。佐藤郁良と共に2013年「群青」を創刊、代表となる。句集に『カムイ』、著書に『季語の底力』『季語、いただきます』『食の一句』などがある。

 郷里の北海道の花といえば、ライラック。子どもの頃、余市の実家の庭にももちろんあった。よき香りと楚々としたたたずまいは、幼かった私にとっても大変好ましいものだった。
 そのライラックは、祖父が植えたものだった。庭には葡萄棚、紫陽花、苺、アスパラガス、楓などなど。池も自分で作り、布袋葵を浮かべたりしていた。あれは、失意のまま北海道で生を終えようとしていた人の無聊な日々を慰めるものだったのか。祖父は私が九歳の時に六十四歳で世を去ったため、尋ねることもままならない。東京の神田で営んでいた履物の会社をものの見事に焼かれ、片田舎で人生を閉じた人の心中を思いやることは、すでに半世紀を経た今、不可能である。
  リラ冷やこけしに被せる夫の帽 岩間ナミ子
 『北海道俳句年鑑』より。微笑ましい作品で、仲のよいご夫婦の姿が見えてきそうである。
 ところで、歳時記を見ると、ライラックは春に分類されている。「本当は初夏ではないか」と疑問を抱き、北海道の友人達に質問してみた。そうしたら、「暦の上では夏に咲くけれど、私達にとっては『春』の感覚」という答えが返ってきた。うーん、と悩んだ。今年、例年だと五月下旬に開催されるはずの、さっぽろライラックまつりの中止が決まった。「春?夏?」といった分類を超え、現実の社会はなかなか厳しいものになっている。