俳句の庭/第35回 風びゆうと 佐怒賀直美

佐怒賀直美
昭和33年茨城県古河市生まれ。昭和57年埼玉大学学生句会に参加、松本旭に師事し「橘」に入会。大学卒業と同時に「橘」の編集に参加、編集長を経て平成27年「橘」主宰を継承。元高校教諭(平成21年50歳を機に自主退職し、俳句中心の生活となる)。俳人協会理事・俳人協会埼玉県支部事務局長。句集『髪』『眉』『鬚』『心』など。「秋」主宰・佐怒賀正美は実兄。

 〝風〟と言って思いつくのは松本旭の次の句である。

  風びゆうと蛇はおのれの青憎む  旭   (昭和49年作、『蘭陵王』所収)

 『松本旭集』(自註現代俳句シリーズ・Ⅳ期46)には、次のような自註が記されている。

  国東半島を一周。富貴寺、真木大堂、熊野磨崖仏を拝む。畷道に青大将が一匹。この蛇は風を聴き
  ながらおのれの青を恨んでいるに違いない。

 俳句初心の頃にこの句に出会ったのだが、かなり難解であり、衝撃的でもあり、ただただ青々と妖しくくねる「蛇」の姿に、しばらくは脳裏を支配されていたことを覚えている。
 そう言えば旭には〝風〟を詠み込んだ作品が多いように感じる。しっかりと数えたり、他の俳人と比較してみたりしたわけではないので、決して確かなことではないけれど、そんな気がする。
 因みに『松本旭全句集』付属の「初句索引」で、〝風(かぜ)〟で始まる作品を数えて見たところ、31句ほど見つかった。もちろん「風花」「風邪」などは除いてである。他にも、「秋風」が13句、「薫風」が5句など初句だけでもかなりの数になるだろうし、初句と限らなければ、まだまだいくらでもあるはずである。
 私自身も〝風〟はよく使う句材の一つであるのだが、そんな旭に影響されたことも確かにあるのかも知れない。
 私にとって〝風〟の一番の魅力とは、見えないその存在感とでも言ったら良かろうか、様々なものの動きや香り、或いは肌感覚などから間接的に知り得るだけのことで、〝風〟そのものには確かな実態がないというところが、実に愉快で面白いのである。
 因みに昨年の5月の句会に出句した全66句中、〝風〟の句は14句であった。
 その中から、旭の「蛇」に対抗して「蜥蜴」の句を…。

  蜥蜴の尾消えて路傍の風明かし   直美   (2021年5月19日の某句会にて)