俳句の庭/第37回 落暉も蘂を 藤本美和子
藤本美和子 平成26年より「泉」継承主宰。公益社団法人俳人協会理事。 句集に『跣足』『天空』『冬泉』『現代俳句文庫藤本美和子句集』、著書に『綾部仁喜の百句』など。第23回俳人協会新人賞受賞。第9回星野立子賞受賞。 |
凄まじい海風だった。
砂塵が舞い上がる。夕暮れの荒波が、そして波しぶきが容赦なく吹きつける。
正直、体を支え、立っているのがやっと……。思いきり両足で踏ん張っていなくてはならないほどの烈風である。
加えて土不踏から突き上げるように響く怒涛音。まさに海鳴だと思った。いや海鳴は暴風雨の前兆だといわれるから、正確には違うのだろう。だがこれは海鳴としかいいようがない、と思えた。
場所は稲村ケ崎。
令和三年も終わろうとする数え日のひと日。この日、夕日を見たいという友人に同行した。
その日の日没時刻は午後四時三十八分。天候は晴れ。潮見表によると中潮だという。
現地には日没の三十分前に着いた。思ったより人は多い。
だが、これほどまでに荒れ狂う海は見たことがない。雨こそ降っていないが、まるで嵐。日没の時刻が近づくにしたがっていよいよ海は荒れる。そして狂う。ひょっとするとこれは落暉を迎えるための海の儀式ではないか。そんなとき、草田男の<曼珠沙華落暉も蘂をひろげけり>の一句がふっと浮かんだ。季節は全く違うが草田男の句がちょっと理解できたような気がした。天と地と海がすっぽり闇に包まれるまでの喝采の波音。
身体に今も残る怒涛音とともに、年の瀬の思いがけぬ贈り物でもあった。