俳句の庭/第42回 明日香風 森田純一郎
「かつらぎ」の創刊主宰・阿波野青畝の生地である奈良県高市郡高取町に隣接する明日香村には、吟行でたびたび訪れている。明日香には句材が多く、俳人協会の「新大和吟行案内」にも10ヶ所、22頁に亘って掲載されている。
峠が元気な頃、冬野という集落へ何度か吟行で訪れた。名前の通り、この寂しい寒村を峠は好んだ。
四戸あり住むは二戸のみ時鳥 峠(「葛の崖」所収)
峠がこの句を詠んだ平成9年から更に減って、今は一戸のみになっているようだが、畑はいつもきれいに手入れされている。こうした吟行の穴場は何とか残っていてもらいたいと心から思う。
さて、明日香に吹く風を明日香風と呼ぶ。万葉集に「采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く」という志貴皇子の歌がある。明日香風とは、そんなややロマンチックな柔らかい風である。
季語の本意を知ることと同じく、こうした固有名詞の入った地域独特の気象にも本意がある。「明日香風」の場合は、優しく吹く風であることを詠まねばならない。従って、
明日香風またも飛ばすや夏帽子
などと詠んでは、明日香風らしくないのでダメなのである。この場合は、添削するとすれば、句の良し悪しは別として
夏帽子飛ばすほどなき明日香風
とでもするべきであろう。
コロナ禍が長引き、吟行にもなかなか出掛けらなかったが、やっと光明が見えて来たようだ。今年の夏の異常な暑さが去り、2ヶ月遅れくらいの感覚で秋が来た感じではあるが、明日香風を浴びながら季語の宝庫である大和の地を吟行したいと思っている。