俳句の庭／第49回　春満月の夜　西山 睦

　飯田龍太旧居の裏山に狸が姿を見せたことがある。あの一月の川を挟んで我々一行をゆったりと見ている。傍に居た地元の人は「全国的に狸は皮膚病にかかっているんですよ」という。なるほど境川の狸も明らかに毛が抜けていた。
　それから数年が過ぎ、新宿から電車で三十分ほどの我家の庭で狸が事切れていた。原因はやはり皮膚病と推測された。その後一時、狸やハクビシン、アライグマなどが家の前の谷に入り乱れた。この時は我が猫も参戦し、名誉の負傷を負った。動物病院の先生に猫以外の獣の爪痕と診断された。
　やがて家の周りは静かになったが狸は健在で、朝見ると我が家のウッドデッキに糞が残されている。食べ物欲しさに雨戸に前足を掛けていたのかも知れない。それも今年になると糞も見なくなり、きっと森の中で食べ物が間に合っているのだろうという話になった。
　ところが先日、夫が道の向こうに狸の横たわる姿を見つけた。輪禍にあっていた。我が家へ至る最短直線距離上のこと。
　春の満月の夜の出来事といえば、即き過ぎであろうか。
　　水仙や狸も来たる猫の餌　岸本　尚毅
　　　　　　　　　　　　　　　句集『雲は友』
　聞けば野良猫に餌をやっていた人が来なくなったという。もし続いていれば、狸の悲劇は起きなかったかも知れない。