俳句の庭/第58回 イタリアの子規の句碑 西村和子
西村和子 昭和23年、神奈川県横浜市生まれ。昭和41年、「慶大俳句」に入会、清崎敏郎に師事。平成8年、行方克巳と「知音」創刊、代表。 句集『夏帽子』により俳人協会新人賞、『虚子の京都』により俳人協会評論賞、句集『心音』により俳人協会賞、句集『窓』『かりそめならず』『椅子ひとつ』『わが桜』など。著作『季語で読む源氏物語』『季語で読む枕草子』『季語で読む徒然草』など。 |
イタリアワインを楽しむ会の席上、モンテ物産の故・川手一男氏から、「雲は季語ですか?」と問われたのは十数年前のこと。ワインの買い付けに行った北部で正岡子規の句碑を見たと言う。
雲一つこよひの空の大事なり 子規
イタリア語の三行詩の傍に、日本語でこう記してあったのだそうな。季語は無し、子規がイタリアに行ったことも無し。しかし、雲一つが今宵の大事ということは、「月今宵」の隠れ季語かも知れない。それにしても代表作でもない句碑が何故イタリアに? 半信半疑で調べてみると、子規句集の明治二十七年作「名月」の項に、この句があった。
その句碑を訪ねることが実現したのは、さらに数年後、国際俳句交流協会二十五周年の交流会がベルギー、イタリアで開催された二〇一四年一月のことだった。フィレンツェからバスで雪のアペニン山脈を越え、ロンバルディア州ブレシア県の葡萄畑の奥のレストランに着いたのは日没後だった。
門を入ってすぐ左手の袖壁に、たて一メートル、横二メートルほどの大理石にイタリア語が浮き上り、右に日本語が一行。四隅には優雅な葡萄のレリーフ。にこやかに迎えてくれたオーナーの手には「HAIKU」のぶ厚い本。イタリア語に訳された俳句集の中から先代がこの句を選んだと語ってくれた。
疫病の世界的流行でイタリアは遠い所になってしまったが、あれから名月を仰ぐたび、私の心は葡萄畑の白亜のレストランへ飛んでゆく。