俳句の庭/第59回 持出袋 櫂 未知子

櫂 未知子
昭和35年 北海道生まれ。はじめ短歌を学び、のちに俳句に転向。第一句集『貴族』で中新田(なかにいだ)俳句大賞、『季語の底力』で俳人協会評論新人賞、第三句集『カムイ』で、俳人協会賞・小野市詩歌文学賞を受賞。著書に『食の一句』『俳句力』『言葉の歳事記』『十七音の旅』『季語、いただきます』などがある。俳誌「群青」共同代表。俳人協会理事。日本文藝家協会会員

 動植物以外の季語の実物を集めることに、ここ十数年熱中している。しかし、その前から熱中しているのが、「防災用品集め」である。これが何ゆえなのか考えてみたところ、どうも北海道の父の影響が大きいのではないかと思うに至った。
 父の「懐中電灯愛」は凄かった。何といっても、姉の結婚式の引出物の一つに入れたし、私が進学のため上京する時に、ドライバーセット(いわゆる螺子回し)と懐中電灯を持たせたぐらいだったのだから。「この二つさえあれば娘は東京で生きてゆける」と思っていたかどうかは定かではないが、とにかく防災グッズであることは間違いない。それが長期間にわたってじわじわと私にも浸透したらしく、気付けば懐中電灯二十本、ランタン六台、蠟燭は数知れず。関連商品として、非常用毛布・非常食・折り畳みヘルメット・カセットコンロなど、どんどんどんどんエスカレートしていった。そんな中、生まれた句が次の句である。
 月光と非常持出袋かな   櫂未知子
 ある夜、月光が美しかった。そして、月と呼応するような銀色の非常持出袋も美しかった。用意したグッズがその袋に全て収まるわけではないが、父が与えてくれた安心感にも似て、心が安らかになった。
 ……ということで、お月様といえば非常持出袋という取り合わせがわがうちにできあがったのである。