俳句の庭/第61回 ロンドンの蒼い月夜 角谷昌子
ロンドンに居たころ、郊外のウエンブリー・スタジアムの「ライヴエイド」コンサートに行ったのは、忘れもしない1985年7月13日のこと。アフリカの飢餓救済のため、世界中のミュージシャンが参集した音楽史に残る20世紀最大のチャリティー・コンサートだ。
ブームタウン・ラッツのボブ・ゲルドフが呼びかけ、賛同したミュージシャンが国境を越えて参集した。オープニングには、当時のチャールズ皇太子とダイアナ妃が来賓として登場した。ステージには、ダイアー・ストレイツ、クイーン、デヴィッド・ボウイ、ザ・フー、エルトン・ジョン、ジョージ・マイケルはじめ、当時の有名アーティストが続々と登場し、そのときの大歓声と熱気は忘れがたい。
夜も遅くなり、コンサートの途中でしかたなく会場を後にした。地下鉄と鉄道を乗り継ぎ、ホームステイ先を目指したものの、電車はなんと目的の駅を飛ばして、次の駅で停車した。週末の特別運行を知らなかったのだ。駅を降りたら人影もなく、気合を入れて線路伝いに歩き始めたところ、日本人かといきなり声を掛けられた。相手は、自分が大阪にずっと住んでいたことがあるという。こんな夜遅くに歩いている事情を話すとステイ先まで送って行くと言ってくれた。申し訳ないが、家に着くまで気を許せず、なにを話したか、月の形もちっとも覚えていない。ただ、地上を蒼い月光が照らしていたことだけは記憶にある。あの送り届けてくれた黒人男性は、いまでは月の精のように思えてくる。不思議な月夜の景は、〈月光の蒼きに影の濃くなりぬ〉と、心にとどめている。