俳句の庭/第76回 はるかな峰 西山 睦
本格的な山行を諦めたのは十代の終わり。発熱した姉の代わりに丹沢縦走のパーティーに参加した折である。五名ほどのグループにプロのガイドが付き添った。塔ノ沢の山小屋で一泊、ここ迄は良かったのだが、翌日になりザックの肩紐が肩に食い込み、焼け付くようにヒリヒリした。お下がりのザックで素材も重く固い。もう周りの山は見えなくなり、一刻も早く逃げ出したかった。
この時以来、登山靴とザックの縁を切った。その後は、
雪渓の汚れの見ゆるまでは来し
八木澤高原
という句のように山との距離を保ち、楽をして山に行くようになった。車で行ける乗鞍岳山頂では苦もなく雷鳥が足元に寄って来て、名峰を目にした。また谷川岳の見えるスキー場の天神平には家族でよく通った。
天神平のリフトを降りると、谷川岳を下りて来た岳人が雪上に身を投げ出し憔悴して寝ていた。雪晴れの空に立つ双耳峰が眩しかった。
楽して山へ、のピークは友人所有の裏那須にある山小屋行きである。荒れた山道を大きく揺れる四輪駆動車で連れて行ってもらった。都会に戻って一週間ほどは山小屋で聞いた鳥の声が耳の奥に響いている。
ほどほどに山は好きなのである。
野仏の一体でゐる寒さかな 西山睦
これは正真正銘、神奈川県の大山を歩いて作った句である。
八木澤高原句出典
自註句集 『八木澤高原集』