俳句の庭/第77回 大泉村 藤本美和子
藤本美和子 平成26年より「泉」継承主宰。公益社団法人俳人協会理事。 句集に『跣足』『天空』『冬泉』『現代俳句文庫藤本美和子句集』、著書に『綾部仁喜の百句』など。第23回俳人協会新人賞受賞。第9回星野立子賞受賞。 |
山国に生まれたせいか、山が見えると落ち着く。山々に囲まれているとほっとする。
現在の住まいの近くには高尾山がある。標高599メートル。低山の部類ではあろうが、自力で登ったのは数えるほど。登るときは大方リフトかケーブルのお世話になる。つまり、私にとって山は登るものではなく眺めるものである。
十年ほど前になろうか。ひょんなことから八ヶ岳山麓に山小屋を買うことになった。
小屋があるのは標高1100メートルの高さ。暑さを逃れて、利用するのはもっぱら夏である。冬の寒さは堪えるので行く機会は減る。が、一方で冬季はどの季節にも増して山々が美しい。澄みきった空気のなかで見渡す富士山、甲斐駒ヶ岳、北岳、南アルプス連峰等々。山を仰ぎたくなると寒さも厭わず出かけたくなる。
もうひとつ、嬉しいことがある。山小屋通いが始まって、蛇笏や龍太の作品世界がぐっと身近になったことだ。甲斐の風土とともに生きた二人の俳人の視座が思われる。
冬の嶽古り鎮まりてあきらけく 蛇笏 『家郷の霧』
強霜の富士や力を裾までも 龍太 『百戸の谿』
蛇笏や龍太の句の懐に遊ばせてもらい、山々の存在に心が洗われる。そういえば、最近、私の山小屋のある「大泉」を詠んだ句が龍太にあることを知って、また嬉しくなった。
八ヶ嶽山麓
大泉村百草の香にまみれ 龍太 『山の木』