今日の一句:2019年02月
- 二月一日
雪道をゆく老人に追ひつけず 青柳志解樹 矍鑠(かくしゃく)たる老人が、雪道を歩いて行く。何とその足の早いことか。明治生れの気骨を見せつけられた。
「青柳志解樹集」
自註現代俳句シリーズ四(一)
- 二月二日
初午の幟遽かや鉄の間 草間時彦 多くの歳時記に取上げられて、私の代表作となってしまった。間はカンと読んで欲しい。アイでは鉄らしくない。
「草間時彦集」
自註現代俳句シリーズ三(一三)
- 二月三日節分
少年の美髪ふりたて鬼やらひ 原コウ子 鬼やらいは追儺のこと。昔は色々行事があったようだが今は節分の夜に豆を家の内外に撒く。我家では専ら浩一君が大声をあげ鬼を追払う。
「原コウ子集」
自註現代俳句シリーズ三(二七)
- 二月四日立春
春立つや雪嶺はまだ夢の白 大串 章 立春の声を聞くと心がさわぐ。やがて木々が芽吹き、水が温む。しかし遠くの山々はまだ雪を被ってうっとりと白い。
「大串章集」
自註現代俳句シリーズ五(七)
- 二月五日
生まれ日の雲に階あり春かもめ 藤田直子 看護専門学校で英語を教えていた。講義の後、重い教材をもったまま三浦海岸へ。ちょうど誕生日で、穏やかな早春の海だった。
「 藤田直子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三四)
- 二月六日
きさらぎの庭に散らせし爪の艶 井上 雪 わが誕生日のきさらぎは清澄さ好ましく、よく俳句に詠む。爪の艶に、大地の息づきを詠んだ。<きさらぎや目薬をさす空ひかり>も作る。
「井上雪集」
自註現代俳句シリーズ五(三六)
- 二月七日
早春の牛のおもひに牛の角 鳥居美智子 牛はどうして角があるのだろうか。牛は馬より悲しい目をしている。その悲しさの分だけ、角になったのかも知れない。
「鳥居美智子集」
自註現代俳句シリーズ六(五〇)
- 二月八日
受験子の夕餉のキャベツ大盛りに 舘岡沙緻 錦糸町駅ビルの五階は食堂街ということで、休日は若者で混み合う。子供の居ない私が、甥のことをふと思ったら出来てしまった句。
「舘岡沙緻集」
自註現代俳句シリーズ七(一二)
- 二月九日
陰干しの赤き二月の水枕 伊藤通明 「水枕」といえばどうしても三鬼氏の句を思う。これは口を下にした陰干しのそれ。いつもはどうということはないのに、その異常な赤さ冷たさ。
「伊藤通明集」
自註現代俳句シリーズ四(九)
- 二月十日
そらんじて教科書かなし西行忌 林 翔 教師にとって教科書とは悲しいものだ。同じ教材を幾つものクラスで教えるから、いつのまにか諳んじてしまう。西行の歌などは勿論のこと。
「林翔集」
自註現代俳句シリーズ三(二六)
- 二月十一日
旧紀元節ぴかぴかと鍋光る 辻田克巳 いくら呼名をかえても例えば厠は厠。建国記念の日も所詮は皇国史観に基づく、いわれのない紀元節ではないか。ほら、ぴかぴかとお鍋の鉄兜。
「辻田克巳集」
自註現代俳句シリーズ四(二二)
- 二月十二日
春寒し猫ひらひらと水を飲む 伊藤トキノ 水を飲むときに見えるひらひらと動く赤いうすっぺらな舌は、まさに春寒そのものの感覚。
「伊藤トキノ集」
自註現代俳句シリーズ七(二三)
- 二月十三日
火は風に風は火に透き大野焼 都筑智子 水田と葱畑とキャベツ畑が続く川の両側は、丈高い蘆原である。冬の間に枯れ尽した蘆を、農家の人達が総出で野焼をする。日本武尊の幻想。
「都筑智子集」
自註現代俳句シリーズ七(四五)
- 二月十四日
義理廃れゆく世にバレンタインデー 杉 良介 元は聖バレンタインの殉教日だったものが、日本ではチョコレートを贈る日に。それも通俗化して義理チョコなるものも。
「杉良介集」
自註現代俳句シリーズ続編(二七)
- 二月十五日
目薬は夜も空色猫の恋 宮脇白夜 目薬の透明なブルーと恋猫の声のコントラスト。この詩的感覚こそ「現代俳句」の特微の一つと体得したのもこの頃。
「宮脇白夜集」
自註現代俳句シリーズ八(四六)
- 二月十六日
内海の波を一と切れ海苔乾く 百合山羽公 青い内海が一枚に凪いだ冬日和。海岸には海苔干しの立簀が幾重も押並ぶ。海には一と切れの波が立つだけで何千枚の海苔が乾いた。
「百合山羽公集」
自註現代俳句シリーズ一(二五)
- 二月十七日
薄氷や水の鉋が削りゆく 石井いさお 「せりせりと」という誓子師の句があった。いかにも薄さが出ている。自分はその薄さは水が鉋となって削っていくからだと詠んでみた。
「石井いさお集」
自註現代俳句シリーズ一二(三二)
- 二月十八日
料峭の空に透けたる古巣かな 比田誠子 雛も巣立って、打ち捨てられた古巣。明るい早春の空に、まるで生贄を差しだすように高々と、うやうやしく吹かれていた。
「比田誠子集」
自註現代俳句シリーズ一二(二九)
- 二月十九日雨水
スポイトをインクののぼる雨水かな 田所節子 よく万年筆を使う。句会などで句を写す時など滑りが良くて疲れにくいから。万年筆ヘインクを補充するためのスポイト。
「田所節子集」
自註現代俳句シリーズ一二(三一)
- 二月二十日
水平線高き北窓開きけり 中村与謝男 この頃誓子的な表現技術と、波郷的な格調ある句のどちらを尊ぶか、とても悩んだ。句は実家の二階からの景。この句は異端視されていたかも。
「中村与謝男集」
自註現代俳句シリーズ一二(三〇)
- 二月二十一日
さらはれてみたし二月の海そこに 石山ヨシエ 二月の荒々しい海を前にして、ふと波に呑まれてしまいたい衝動にかられた。
「石山ヨシエ集」
自註現代俳句シリーズ一二(三七)
- 三月二十二日
蜘蛛の囲にかかりて太る彼岸雪 彼岸に牡丹雪が降った。蜘蛛の囲の隙間が雪で埋まってしまい、蜘蛛は己が囲にとじこめられた。
「 堀 古蝶集」
自註現代俳句シリーズ七( 一三)
- 二月二十二日
椿ともる一枚ガラスに誕生日 神蔵 器 私の誕生日は昭和二年二月二十二日。同じ数字が続くのは運勢がいいとも悪いともいわれるが、果してどちらなのか。
「神蔵器集」
自註現代俳句シリーズ四(一九)
- 二月二十三日
比良八荒道の十字が田をわかつ 岩永佐保 吹き荒れる寒風は厳しいけれど白鳥の群を見たい一心で歩く。遮る物もない真っ直ぐな道がうらめしい。
「岩永佐保集」
自註現代俳句シリーズ一二(二八)
- 二月二十四日
きさらぎの風を一重と思ひけり 佐藤博美 切るような突き刺さるような二月の風。鋭利な刃物のようにも。
「佐藤博美集」
自註現代俳句シリーズ一二(二六)
- 二月二十五日
龍太の死二月を三日余しけり 岸本尚毅 飯田龍太は二月二十五日に亡くなった。〈一月の川一月の谷の中〉を思いつつ、漢数字の入った句を以て氏の逝去を悼むこととした。
「岸本尚毅集」
自註現代俳句シリーズ一二(二七)
- 二月二十六日
朱鳥忌の河口へ急ぐ雪解川 野見山ひふみ 遠賀川は河口の芦屋へ流れつく。忌日は文学碑に集まって火を焚く。文学碑は雪解の遠賀川が見下ろせる位置。
「野見山ひふみ集」
自註現代俳句シリーズ二(三一)
- 二月二十七日
一草に一花の手はず春の雨 伊藤敬子 春になるとどんな小さな草々も必ず花をつけてその草にふさわしい装いを見せる。天の神様は平等な手はずをほどこされる。歳時記に掲載。
「伊藤敬子集」
自註現代俳句シリーズ続編(二六)
- 二月二十八日
猪口に瑕あつてはならず春燈 鈴木真砂女 猪口の瑕はやかましく注意している。薄手がよいとされているが瑕がつきやすく値も高い。私の店では丈夫一式を使用。
「鈴木真砂女集」
自註現代俳句シリーズ二(二一)