今日の一句:2019年09月
- 九月一日
風の盆踊衣裳は早稲のいろ 皆川盤水 越中八尾の風の盆を見に行った。踊る人達のなかで、早稲の色の衣裳をつけた女性が特に印象的だった。山本健吉先生が朝日新聞の「 歳時点描」で取り上げて下さった。
「 皆川盤水集」
自註現代俳句シリーズ三( 三二)
- 九月二日
星辰のひとつきらめく白露かな 伊藤康江 悼 上田五千石先生。
「 伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一八)
- 九月三日
雲刷きてさびしき神や迢空忌 林 翔 釈迢空歌集『 海やまのあひだ』のさびしさに私は強く惹かれていた。九月三日、一刷きの秋雲は、神になった折口先生が刷いたようにも思われた。
「 林 翔集」
自註現代俳句シリーズ三( 二六)
- 九月四日
窓磨き上げて九月の来てゐたり 西山 睦 爽やかさに促されて窓を磨く。確かに九月の景が窓に。
「 西山 睦集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四五)
- 九月五日
秋風や魚のかたちに骨のこり 鷹羽狩行 魚を食べる時に、骨だけをみごとに残す人は几帳面な性格だという。そんな人も、ときには秋風の寂しさを覚えるだろう。
「 鷹羽狩行集」
自註現代俳句シリーズ・続篇七
- 九月六日
妻出でて風呂の蓋干す萩の庭 沢木欣一 おだやかな日常生活から生まれた句。朝の炊事や洗濯も終り風呂の蓋を洗い萩の花が咲く庭に干す。欣一と綾子の暮らしぶりをさらりと表現しているが「 妻出でて」は意表を突く。 (福島吉美)
「 沢木欣一集」
脚註名句シリーズ二( 一四)
- 九月七日
大花野微かに道の下りゐて 辻田克巳 家から駅までは歩いて約十五分、自転車なら漕がずに行けるくらいの弛やかな下り道。途中、一めんに草の咲く花野を二、三見て通る楽しみ。
「 辻田克巳集」
自註現代俳句シリーズ五( 二二)
- 九月八日白露
白露てふ日の露けさの木の間月 京極杜藻 白露は二十四気の一、秋分前十五日、九月八日ごろに当り、露凝って白き意、と歳時記にある。偶偶その日渡辺みかげ来訪、対吟中この情景あり。
「 京極杜藻集」
自註現代俳句シリーズ三( 一二)
- 九月九日
裏関所ぬけて無宿の秋の蝶 樋笠 文 同前。関所の資料館を見学した。手形を持たない蝶が、ひらりと裏関所を越えて姿を消した。
「 樋笠 文集」
自註現代俳句シリーズ四( 四〇)
- 九月十日
防風の花をさびしさごと摘めり 蓬田紀枝子 先生を見送って一年経った。でも、あまりそれとは結びつけたくない。防風は淋しい植物と思う。
「 蓬田紀枝子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五七)
- 九月十一日
野良犬がなついてしまひ萩に雨 有動 亨 この頃、富士山麓の貿易大学に勤務した。岳麓には捨犬が多く、その中の一匹が娘達と仲好しになった。その後九年間、わが家の愛犬となった。
「 有動 亨集」
自註現代俳句シリーズ四( 一二)
- 九月十二日
伐る竹の先づ一幹を相しけり 本多静江 竹は秋、それも八専を避けて伐る。農家の季節を踏まえた生活は儀式のように正確。竹を伐るに先だって、一幹また一幹と見定めていく。
「 本多静江集」
自註現代俳句シリーズ四( 四五)
- 九月十三日
秋刀魚一匹二匹三匹ぼくの空 磯貝碧蹄館 食欲の秋、秋刀魚の味は格別。空を見ると秋刀魚が泳いでいく。一匹、二匹、三匹、にぎやかな、ひろびろとした僕の空、僕の秋。
「 磯貝碧蹄館集」
自註現代俳句シリーズ三( 二)
- 九月十四日
満月の泉飲む胃の形見え 今瀬剛一 満月にかがやいている夜の泉。飲むのにやや躊躇したが飲んでみると何かそのかがやきが体内にまで入ったように思える。しきりに胃の形を思った。
「 今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六( 三三)
- 九月十五日
曼珠沙華天のかぎりを青充たす 能村登四郎 この句以下五句は「 沖」創刊号に発表した句である。真紅な曼殊沙華、満天の青空、これは今帆を上げて出帆していく私の心意気であった。
「 能村登四郎集」
自註現代俳句シリーズ二( 三〇)
- 九月十六日
みんみんの声を山にす敬老日 吉田鴻司 頭にしみわたるような、みんみんの声。敬老仲間と思われたくもない。ただ喧騒な、みんみんの声だけで終った敬老の日の思い。
「 吉田鴻司集」
自註現代俳句シリーズ三( 三九)
- 九月十七日
蓑虫の鳴くといふ嘘常閑忌 加古宗也 常閑忌は村上鬼城の忌日。鬼城は耳聾の俳人として知られている。蓑虫は鳴くことはない。
「 加古宗也集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四二)
- 九月十八日
足もて步むは翼に似たり鶏頭燃ゆ 小林康治 蹇が立って歩くということは飛翔するごとくである。
「 小林康治集」
自註現代俳句シリーズ二( 一五)
- 九月十九日
臥して見る子規忌の草の高さかな 南うみを 体調を崩し、しばらく静養した。庭の秋草を見つつ、子規の眼の高さを想った。
「 南うみを集」
自註現代俳句シリーズ一二( 五)
- 九月二十日
流離とや海に出て夜の鰯雲 西嶋あさ子 銚子。吹き降りの後の立待月。安住先生は晴れ男の評価が定まった勉強会。夜の句会後、屋上に出て、鰯雲から流離の語をもらった。
「 西嶋あさ子集」
自註現代俳句シリーズ八( 七)
- 九月二十一日
賢治忌や農民が継ぐししをどり 田村了咲 宮沢賢治の忌は九月二十一日。三十七歳で死去。この秋、賢治忌に当たっての試作。鹿踊は彼の詩「 高原」にも出ている。中七は安易であろうか。
「 田村了咲集」
自註現代俳句シリーズ二( 二二)
- 九月二十二日
かな女忌の墓石に尽くす真水かな 落合美佐子 九月二十二日、福相寺の井戸水をポンプで汲み上げ、墓石に語りかけながらたっぷりとかける。ポンプの感触が掌に残っていた。
「 落合美佐子集」
自註現代俳句シリーズ九( 一五)
- 九月二十三日秋分
天涯に風吹いてをりをみなへし 有馬朗人 塔の会で箱根へ吟行した。雨の中を方々歩いた。高い崖の上におみなえしが風に吹かれていた。
「 有馬朗人集」
自註現代俳句シリーズ四( 四)
- 九月二十四日
牛睡くなる穂芒の頰ずりよ 藤井 亘 私は丑年の生まれだから、牛には同類の誼みみたいな感じがある。この句は牛のことだが、実は私自身の告白というべきかも知れない。
「 藤井 亘集」
自註現代俳句シリーズ五( 五一)
- 九月二十五日
夕ぐれは酒欲しくなる萩の雨 畠山譲二 実感句である。或る飲屋で頼まれて色紙に書いた「 萩の雨」という季語の設定がいいとは佐川広治氏の評。
「 畠山譲二集」
自註現代俳句シリーズ五( 四九)
- 九月二十六日
俱利伽羅の真葛の雨の滝なせり 新田祐久 富山で俳人協会主催の俳句大会があり、参加した。台風襲来でたいへんな雨だった。この時の大会で、細見綾子先生の特選。
「 新田祐久集」
自註現代俳句シリーズ五( 二四)
- 九月二十七日
日と風に身を透かせつつ花野かな 鈴木良戈 尾瀬が原は何回も往復した。入り易かったルートは鳩待峙からで、家族、医師会の仲間、句友達ほかいろいろな人と湿原の四季を楽しんだ。
「 鈴木良戈集」
自註現代俳句シリーズ八( 四三)
- 九月二十八日
古稀近き齢露けき夜と思ふ 阿部幽水 何時の間にか古稀を迎える齢となり、ふと来し方をふり返る。露けき夜のしじまに。
「 阿部幽水集」
自註現代俳句シリーズ八( 三一)
- 九月二十九日
亀流す秋篠川の秋出水 山田孝子 前夜の大雨で濁流渦巻く秋篠川を大きな亀がころころと流されていった。普段は亀も小魚も安住のやさしい流れなのに。
「 山田孝子集」
自註現代俳句シリーズ八( 三九)
- 九月三十日
紅白の萩門前に咲き分けし 舘岡紗緻 石田波郷生家門前。御親戚の方がお住みとのことであった。
「 舘岡紗緻集」
自註現代俳句シリーズ七( 一二)