今日の一句:2020年01月
- 一月一日
初あかりそのまま命あかりかな 能村登四郎 七十四歳になる元朝。この辺りより詩魂いよいよ燃え、真底俳句が面白く楽しいと実感し、多作にもなる。初あかりが差し込んだとき、ますます俳句に燃焼し全うしたいと思い、命を惜しまれたのであろう。穏やかで平安ながら内なる激しいものがある。 (北川英子)
「能村登四郎集」 脚註名句シリーズ二( 五)
- 一月二日
初詣バスごとくぐる大鳥居 中村姫路 よくある光景。大型バスが悠々とくぐって行く。ちょっと不謹慎な気分でもある。
「中村姫路集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四三)
- 一月三日
卓囲み急勾配の三ヶ日 伊藤敬子 にぎやかにあっという間に三ヶ日は過ぎてしまう。楽しいことはすぐ終ってしまう。急勾配をすべりおちてゆくようにあっけない。
「伊藤敬子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五)
- 一月四日
あらたまの安騎野の闇に火を立てて 永井由紀子 繞道祭のあと、すぐ大宇陀町へ。「東の野にかぎろひの立つ見えて」の柿本人麻呂の碑の辺りに、焚火をして初日の出を待つ人たちの影がうごめく。
「永井由紀子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三六)
- 一月五日
北斎の皺千条の淑気かな 都築智子 片岡球子展「面構シリーズ」。歴史上の人物の顔をモチーフに、深く対象の内側に踏込んで人間解釈を加えた、気迫溢れる肖像画。皺の葛飾北斎像。
「都築智子集」
自註現代俳句シリーズ七( 四五)
- 一月六日小寒
薺打つ妻のほとりのまだ明けず 淵脇 護 私たち夫婦は若いときから早起きで、正月七日ともなれば、妻は張り切って薺を叩いた。当然まだ厨には曙光は届いていなかった。
「淵脇 護集」
自註現代俳句シリーズ一二( 九)
- 一月七日
人日のまだ土つかぬ竹箒 ながさく清江 新年に新しい竹箒をおろすのは実家の慣例だった。わが家の竹藪からの材料で、馴染の植木屋が、毎年上手に作り置いてくれた箒。
「ながさく清江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六〇)
- 一月八日
薺粥妻に仕来りゆるぎなし 水原春郎 仕来りは出来る丈きちんとしようと思っているようだ。美味しい薺粥が運ばれた。
「水原春郎集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六七)
- 一月九日
丸打ちて人の句を選る初仕事 辻恵美子 主宰業は選句業。盆も正月もなく、寸暇を惜しんで丸を打つ。
「辻恵美子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五六)
- 一月十日
初夢を思ひ出せざるめでたさよ 石山ヨシエ この世の出来事とは思えないようなおぞましい夢だったように思う。思い出せないことがむしろ目出たかった。
「石山ヨシエ集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三七)
- 一月十一日
橙のあやうきをのせ鏡餅 檜 紀代 テコでも動かぬ鏡餅の貫祿。
「檜 紀代集」
自註現代俳句シリーズ五( 二五)
- 一月十二日
火のいろを冬の海より持ち帰る 井越芳子 三度目の大磯の左義長。真っ暗な海もその先も深い闇でしかない。その海の闇と火を見ていると、私の中で同じものになってゆく。
「井越芳子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四八)
- 一月十三日
初鏡一畳で足る妻の城 土生重次 鏡の前の一畳は、妻のつかの間の結界。
「土生重次集」
自註現代俳句シリーズ六( 三七)
- 一月十四日
餅花や木花佐久夜毘売来ませ 大石悦子 小正月、餅花を作る。しだれ柳の枝に、紅白の小餅を小さくちぎって付けると、花のように美しい。神話に登場する美しい名前の女神を思った。
「大石悦子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五九)
- 一月十五日
どんど火に畦の子供のゆらゆらす 福神規子 今は終刊してしまった俳誌「雲母」に俳壇の近作として鑑賞していただいた記憶がある。寺家ふるさと村で見かけた小正月の行事だ。
「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四七)
- 一月十六日
大堰の水に水盛る寒九かな 松永浮堂 利根大堰に水が満々と湛えられている。大堰はしなうようにして利根川の流れを堰き止めている。広々とした水が盛り上がるように見える。
「松永浮堂集」
自註現代俳句シリーズ一二( 六)
- 一月十七日
祀られて枯にまぎるる藁の蛇 宮津昭彦 市川市付近には辻切という風習が残っている。村の境界に藁で作った大きな蛇を懸け、災厄や厄病が村に入るのを防いだ。
「宮津昭彦集」
自註現代俳句シリーズ続編( 八)
- 一月十八日
日溜りといふ枷にをり福寿草 高橋桃衣 日が当たり、空気も動かない骨董屋のショーウィンドーに置かれている福寿草を、どこかで見た気がする。
「高橋桃衣集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二一)
- 一月十九日
日脚伸び干潟に生くるものの穴 古賀雪江 和歌山雪解会へ。早春の干潟に無数の穴が開いていて、潮まねきが夕日に向かって大きな鋏を動かしていた。
「古賀雪江集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一三)
- 一月二十日大寒
婆の言ふ寒い寒いは唄ふごと 今瀬剛一 隣家のおばあさんはずい分私の句材になっている。我が家へはよく遊びに来て縁側にすわっている。小さい体で夏でも着ぶくれているように思える。
「今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六( 三三)
- 一月二十一日
雪晴の枝つぎつぎに刎ねにけり 小倉英男 昨夜の雪があがって朝日が射しはじめると、撓んでいた庭木の枝がつもっている雪を跳ね返す。その音も潔い。
「小倉英男集」
自註現代俳句シリーズ八( 三四)
- 一月二十二日
雪壁の無風快晴直登す 大原雪山 志賀高原熊の湯。スキーツアー。スキーに滑り止めのシールを張って、急な斜面を直登する。シールが良く効いて滑降が楽しみな斜面。
「大原雪山集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三六)
- 一月二十三日
散りてなほくれなゐ匂ふ寒牡丹 田島和生 奈良の二上山東麓の石光寺は、寒牡丹で有名。
「田島和生集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四〇)
- 一月二十四日
初天神絵馬に願ひの重さあり 川口 襄 紅梅が盛りの湯島天神。「合格祈願」「恋愛成就」等、限りなき人間の願望が託された数多の絵馬が風にカラコロと鳴っている。
「川口 襄集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一九)
- 一月二十五日
替へ過ぎて鷽たよりなくなって來し 後藤比奈夫 私の級友たちで出来ている山麓会の例会場は、神戸北野の六甲荘。句材持ち寄りの夜の会。少しアルコールが入り、替鷽をいろいろ見て作句。
「後藤比奈夫集」
自註現代俳句シリーズ続編( 五)
- 一月二十六日
誰が袖の香のこぼるるや初句会 藤田直子 「未来図」の新年句会は男女共に、和服姿が多かった。どなたかの香が新年ならではの雰囲気を醸し出していた。歳時記に採用された句。
「藤田直子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三四)
- 一月二十七日
新鋭のごとし火に乗る餅あまた 秋元不死男 この時代、ふだんはお餅をたべませんので、これはお正月でしょう。火に乗った餅のふくれ具合はまことに油断のならぬものです。よそ見したすきを見て、急にふくれて大きく割れます。じっと我慢していて一気に破裂するさまは、まさに新鋭の集中力です。
「秋元不死男集」 脚註名句シリーズ一( 一)
- 一月二十八日
鬼瓦角きはやかに寒波来る 小野恵美子 鬼の角にもいろいろな形がある。丸みを帯びたもの、長く尖っているもの......。
「小野恵美子集」
自註現代俳句シリーズ八( 一九)
- 一月二十九日
天狗杉初燈明の点されて 藤本安騎生 天狗が棲みついていたと言われる杉は、村人の信仰の対象である。天狗さんや狸に化かされた話しが聞けなくなった昨今は、不幸ではなかろうか。
「藤本安騎生集」
自註現代俳句シリーズ八( 一六)
- 一月三十日
雪しまく湖北のくらさ余呉湖に見し 森田かずや 元気だった小畑耕一路さんが計画してくれた北陸行。<み仏の息かとも雪光り降る>帰路猛吹雪で列車が立ち往生。ままよと車内で句会を始める。
「森田かずや集」
自註現代俳句シリーズ八( 二〇)
- 一月三十一日
燈台のまたたきの間の寒昴 藤木俱子 脇野沢の民宿に泊った。窓の下はすぐ海で、百合鷗が浮寝をしていた。星が美しかった。「林」三周年記念作品で入賞した三十句の中の一句。
「藤木俱子集」
自註現代俳句シリーズ八( 二一)