今日の一句:2020年02月
- 二月一日
海道に立塞がりし冬も去る 百合山羽公 広重の絵の昔からつづいた海道筋の狭い道幅の面影がそこここにある。空風を鳴らして永く立塞がっていた冬が漸く場所をあけた。
「百合山羽公集」
自註現代俳句シリーズ一( 二五)
- 二月二日
探梅の道尽き太郎次郎杉 田口三千代子 埼玉県の方まで足を運んだ時のこと、山裾のこの辺りでは梅の見頃には早すぎたようだ。道の両側にある杉の大木を見上げた所で引き返した。
「田口三千代子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三七)
- 二月三日
豆撒くや妻のうしろのくらがりに 小林康治 貯炭場管理小屋にも節分がめぐってくる。そこばくの年の豆は、うからの屯するあたりにも撒かれた。
「小林康治集」
自註現代俳句シリーズ二( 一五)
- 二月四日立春
立春やかさりこそりと軒雀 多田薙石 二階の軒に毎年雀が巣をつくる。立春には未だ巣造りは始まらないが、そのあたりに雀が集っているのである。
「多田薙石集」
自註現代俳句シリーズ六( 一五)
- 二月五日
柊挿す葦倉に葦積み込んで 安住 敦 それは節分の日だった。作業場で束にした葦は、湖畔に点在する白壁の倉庫に積み込まれた。この辺ではアシと言わずヨシと呼んでいる。
「安住 敦集」
自註現代俳句シリーズ二( 一)
- 二月六日
面売りの大き目ん玉風光る 間中恵美子 北区王子稲荷社初午には、毎年火伏凧を買う。露店商の面売りの顔は、生き生きと目玉が良く動く。面の目ん玉は素通し、そこに何かを感じた。
「間中恵美子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四三)
- 二月七日
相模野のいつもの夕日梅三分 岩永佐保 こんな地味な句、と自問しながら湘子先生の指導句会に出してみた。褒められて少し肩の力を抜くことを覚えた。
「岩永佐保集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二八)
- 二月八日
領事館裏恋のシヤム猫呼び込まる 殿村莵絲子 三鬼さんの家で句会をした。領事館、シャム猫など三鬼好みの故か大層気に入って貰った。この句を思うと三鬼さんが懐しい。
「殿村莵絲子集」
自註現代俳句シリーズ三( 二二)
- 二月九日
けもの径呑み込む野火の走りけり 縣 恒則 平戸市川内峠の野焼き。毎年二月第一日曜日に行われる。遠くは対馬、壱岐、五島列島も見える高台。多くの見物者が訪れる。
「縣 恒則集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一四)
- 二月十日
春寒や漆肥りの漆箆 三田きえ子 輪島「稲忠」にて。漆のつもった漆箆をみて、職人の歳月を感じた。
「三田きえ子集」
自註現代俳句シリーズ七( 一四)
- 二月十一日
田遊の牛の仮面のいとけなく 伊東 肇 同じ徳丸の田遊を写生したもの。牛は最も神聖な存在であるが、その仮面が板に素朴に描かれているのが、かえって古風を感じさせる。
「伊東 肇集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三八)
- 二月十二日
春シヨール落ちやすきゆゑ華やぎぬ 佐藤麻績 春のショールは暖かさだけでなく装飾的な部分を求めるようだ。さらりと身につける故に落ちやすくもなるようだ。
「佐藤麻績集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二五)
- 二月十三日
オリオンの一星炎ゆる猫の恋 大場美夜子 猫の恋の頃はオリオンが一番よく見え、輝く季節である。三つ星のうち一つが特に炎えているように見えた。
「大場美夜子集」
自註現代俳句シリーズ五( 九)
- 二月十四日
小倉山近し鶯鳴けばなほ 名村早智子 角川の「俳句」に掲載された落柿舎の次庵での「玉梓」句会。加藤彦次郎さん、綱頭久子さんほか懐かしい顔ぶれが揃っていた。
「名村早智子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三九)
- 二月十五日
薄氷をたたき割りたる山の雨 大串 章 「この句の春意いかにも木曾らしく荒々しい。私の好きな句」と林火先生が評して下さった。まだまだ先生はお元気であった。
「大串 章集」
自註現代俳句シリーズ五( 七)
- 二月十六日
冬濤やポケツトの手を拳とし 山崎ひさを 二月十五日、春嶺連衆による浦安吟行。少しずつ俳句の輪が拡がって来た。貝殻を敷きつめた道がいやに寒かったことを覚えている。
「山崎ひさを集」
自註現代俳句シリーズ四( 五三)
- 二月十七日
三寒の四温兆しぬ筆買ひに 及川 貞 やっと少し寒気ゆるむかと出て行くことにした。筆など平素使わないから更めて買いに行く、馬酔木の短冊展のためだったが不出来な短冊で。
「及川 貞集」
自註現代俳句シリーズ二( 七)
- 二月十八日
国栖奏の笛白栲の袋より 浅井陽子 奈良県吉野町南国栖の浄見原神社で、陰暦一月十四日に行われる神事。崖にへばりつくようにして見た。笛の音が辺りの淵にまで響いた。
「浅井陽子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一一)
- 二月十九日雨水
雪解けの木の根小ゑくぼ大ゑくぼ 佐藤俊子 林中の雪解けは木の根っこの周りより始まる。黒い土が生き生きと顔を出す。
「佐藤俊子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四六)
- 二月二十日
楽器凾ほど早春の水車小屋 鷹羽狩行 「楽器函」といっても、バイオリンやトランペッ卜を入れる箱ではない。蓋をあけるとメロディーを奏でるオルゴール。
「鷹羽狩行集」
自註現代俳句シリーズ一( 二)
- 二月二十一日
如月や川音山の影に入る 前澤宏光 養老川は千葉県内三番目の長さの二級河川。清澄山系の山々を源流とし、東京湾に注ぐ。川に沿って小湊鉄道が養老渓谷へと上ってゆく。
「前澤宏光集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五一)
- 二月二十二日
うすらひのかけら光りぬ竹箒 南うみを 禅道場での作。立てかけた竹箒がきらりと光った。
「南うみを集」
自註現代俳句シリーズ一二( 五)
- 二月二十三日
知らぬ間に梅林深く来てをりぬ 藤沢樹村 花の色や枝ぶりなど、梅の木の一つひとつの個性に見入りながら、引き返すことも忘れて、梅林の奥へ入ってしまった。
「藤沢樹村集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四一)
- 二月二十四日
草色の菓子桃色の菓子春きざす 梅田愛子 菓子屋を覗くと店頭に草餅、うぐひす餅、さくら餅と並んでいた。どれもなつかしく、春がもうそこまで来ているとうれしくなる。
「梅田愛子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三九)
- 二月二十五日
魚籠の底雪代岩魚発光す 行沢雨晴 魚籠を覗くと岩魚が二三匹光っていた。
「行沢雨晴集」
自註現代俳句シリーズ九( 一六)
- 二月二十六日
炎を透いて別の炎が見ゆ葭を焼く 能村研三 淀川中流の鵜殿と呼ばれる葭原で行われる葭焼きを見に行った。手帳を持った俳人がこんなにもいるのかと思った。
「能村研三集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六三)
- 二月二十七日
まんさくの花髭つつく目白かな 田島和生 早春の花を代表する金縷梅。目白が鳴きながら、よじれた花をつつく。
「田島和生集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四〇)
- 二月二十八日
鶯や聳えて茫と天祖山 岡田日郎 奧多摩・「天祖山」。頂上に天祖神社があり、天祖とはどういう神様か調べたか、よくわからない。星に関係するらしく独自の講もあるらしい。
「岡田日郎集」
自註現代俳句シリーズ続編( 一七)
- 二月二十九日
厨芥車滴り長し二月尽 沢木欣一 長い冬から春へ。まだ人の手で曳いていた厨芥車、その滴りもいとわしくなく、美しくさえ感じた。
「沢木欣一集」
自註現代俳句シリーズ二( 一七)