今日の一句:2020年11月
- 十一月一日
金輪際落ちぬくわりんの尻仰ぐ 石原 透 かりんは、ごつごつしていて不細工である。枝にしがみついているように見える。絶対に落ちないかりんを俳人は下から睨んでいる。
「石原 透集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四九)
- 十一月二日
秋冷の板の間となり光りけり 秋澤 猛 我が家の昔ながらの板の間。いつも黒く光っているが、秋ともなれば、特に光りが目立つ。
「秋澤 猛集」
自註現代俳句シリーズ五( 一)
- 十一月三日
茂太さんの遠く来て祝ぐ文化の日 土屋巴浪 平成七年十一月三日、県知事より斎藤茂吉文化賞を受けた。茂太氏の挨拶もあった。茂太さんは医大で同級生。健在を喜び合った。
「土屋巴浪集」
自註現代俳句シリーズ八( 二九)
- 十一月四日
志士たちの心にふれて落葉踏む 福本鯨洋 天誅の志士が幽閉されたという倉がある。老樹の桜がその上を覆っている。忠誠心を歌った血書の柱などがあり、その心を偲んでしばしたたずんだ。
「福本鯨洋集」
自註現代俳句シリーズ三( 三〇)
- 十一月五日
鳥黒きことも冬かな大空は 日美清史 寒いが雲一つない、身の引緊まるような朝。通勤途上の大空を仰いでの作。昭和五十一年雲母全国大会特選句。
「日美清史集」
自註現代俳句シリーズ七( 三一)
- 十一月六日
ある日路地誰も通らず冬俄か 菖蒲あや いつもは開け放しの路地の家々も、冬の訪れとともに戸障子を閉め、急に静かになる。何んとなく淋しい。
「菖蒲あや集」
自註現代俳句シリーズ二( 一九)
- 十一月七日立冬
猫のこゑ海女が真似ゆく小春かな 小笠原和男 海女の仕事も今が最盛期。そんな時に、ふと見えた女心に手を合わす。
「小笠原和男集」
自註現代俳句シリーズ六( 二六)
- 十一月八日
すがる如冬耕の老山畑に 藪内柴火 賀名生の里、丹生川にそうて山がせまり、そこに畑がある。登るのに息苦しいような急斜面の畑を老がひとりで耕していた。
「藪内柴火集」
自註現代俳句シリーズ六( 二)
- 十一月九日
自らを浄めゐるごとからまつ散る 関森勝夫 南アルプス二軒小屋付近。からまつの林中の道。黄葉が厚く積っていた。なおさらさらと音を立てて葉が散っていた。冷えた空気が痛い程だった。
「関森勝夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 二四)
- 十一月十日
夜咄のいつしか翅の生えてとぶ 本宮鼎三 冬の夜の炉辺話といってもいい。不死男先生はこの咄が上手だった。五千石主宰も私もこの影響を受けていることは確かである。
「本宮鼎三集」
自註現代俳句シリーズ六( 一)
- 十一月十一日
恍惚と仏の落葉焚きゐたり 徳永山冬子 京都三千院にて。学僧が四五人落葉を掃き集めて焚いていた。それは仏の落葉なのだろう。学僧達はほれぼれと焚いていた。
「徳永山冬子集」
自註現代俳句シリーズ二( 二六)
- 十一月十二日
子守男に山茶花月夜となつてゐし 加倉井秋を 武蔵野の一句。老人が子守唄を唄いながら歩いていた。背の児はよく寝ていた。娘の親が出かけたのであろう。山茶花月夜の男の、子守唄は淋しい。
「加倉井秋を集」
自註現代俳句シリーズ二( 一一)
- 十一月十三日
地の落葉吹かれ吹かれて倉の土間 貞弘 衛 柏原・一茶の倉にて。一茶が、江戸から郷里に戻って、妻帯した後、病没するまでの期間だけを見ても、彼の運命は数奇なものであった。
「貞弘 衛集」
自註現代俳句シリーズ三( 一五)
- 十一月十四日
馬防柵より綿虫の逃げのびし 和久田隆子 戦略の秘を尽くした馬防柵が復元されている。綿虫がたくさん浮遊していた。同じ長篠での作。
「和久田隆子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二四)
- 十一月十五日
遊具にも犬・猿・雉や七五三 辻田克巳 七五三の頃の遊園地。シーソーやベンチや辷り台や、到るところに童話模様のデザイン。ももたろうをイメージしたか犬・猿・雉の絵模様の遊具。
「辻田克巳集」
自註現代俳句シリーズ続編( 二四)
- 十一月十六日
長男をあんちゃんと呼び冬ぬくし 坂本タカ女 山形で主人を「だだちゃ」と呼ぶように長男を「あんちゃん」と呼ぶ所がある。アイヌ文様教室の小林さん私の横であんちゃんの話をしてくれた。
「坂本タカ女集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六)
- 十一月十七日
滝裾に彩のあつまる冬紅葉 関根喜美 袋田の滝もさることながら冬の紅葉がことのほか美しかった。
「関根喜美集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一三)
- 十一月十八日
老僧の木沓の赤し返り花 梅田愛子 浄智寺住職の朝日奈宗泉禅師は、行事、法事などの時は紫の衣に赤い木沓をはかれる。
「梅田愛子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三九)
- 十一月十九日
黄落のさなか一茶忌一葉忌 田島和生 小動物を慈しみ、句に詠んだ小林一茶。小説『十三夜』の樋口一葉。二人の命日にいちょうが散る。
「田島和生集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四〇)
- 十一月二十日
トンネルが関のやうなる冬ぐらし 田中貞雄 国道十六号線が横浜市域を過ぎ横須賀に入るとトンネルが多くなる。自然災害が報じられるたびに不安を募らせている。
「田中貞雄集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五四)
- 十一月二十一日
木枯や灯もほかほかの弁当屋 杉 良介 テイクアウトの弁当屋が増えた。「ほっかほか」とすると登録商標に引っ掛かりそうだし、第一、字余りになる。
「杉 良介集」
自註現代俳句シリーズ九( 七)
- 十一月二十二日小雪
咲き揃ひ金の杯石蕗の花 阿部みどり女 十一月に入ってみどり女は庭の石蕗の花に執しはじめた。黄の花が好きで、十二月号の作品は、掲出句をはじめ八句全部石蕗であった。〈一句得るまでは動かじ石蕗の花〉など。後の遺句集も『石蕗』と名付けられた所以である。
「阿部みどり女集」
脚註名句シリーズ二( 九)
- 十一月二十三日
包丁を研ぎて勤労感謝の日 髙崎トミ子 包丁を研ぐとキャベツが上手に刻める。キャベツの細切は毎日することで、上手に刻んだからといって誰にも褒められない。それでも時々研ぐ。
「髙崎トミ子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三一)
- 十一月二十四日
冬芒暮れ弦月の有珠二山 阿部幽水 噴火後の怪奇な山容の有珠山。溶岩塔の昭和新山。並び噴く二相の山も、暮れると全貌が闇の静寂に包まれる。冬芒に照る夕月。
「阿部幽水集」
自註現代俳句シリーズ八( 三一)
- 十一月二十五日
磨丸太戸毎に干して里小春 伊東宏晃 北山杉の里の一景。杉木立の美しさは格別であるが、里人の暮らしぶりには鄙びた情緒がある。〈皮剝ぎし杉の匂へる小春かな〉
「伊東宏晃集」
自註現代俳句シリーズ九( 一〇)
- 十一月二十六日
石蕗の花雨に日溜りあるごとく 南うみを 石蕗の黄色は、あたたかさを感じさせる。雨ながらうれしい色だ。
「南うみを集」
自註現代俳句シリーズ一二( 五)
- 十一月二十七日
岬鼻に瞽女の道あり冬桜 舘岡沙緻 欅句会の田村糸女さんの発案で、出雲崎から良寛堂、五合庵などを吟行した。マイクロバス内は楽しく、眠っていないときは何か口にしている。
「舘岡沙緻集」
自註現代俳句シリーズ七( 一二)
- 十一月二十八日
渚まで金北山のしぐれ雲 宮岡計次 初冬の佐渡へ。しぐれ雲がすっぽり包む両津港に夕刻着く。激しい雨に打たれる港の灯。小池濤子さんらが出迎えてくれた。
「宮岡計次集」
自註現代俳句シリーズ五( 五四)
- 十一月二十九日
滅罪のごと日々ひろひ木の葉髪 本多静江 髪がいのちの女人には、法華滅罪寺という総尼寺がある。男にも木の葉髪があり、拾いつつ罪つぐないの念にかられるのは同じである。
「本多静江集」
自註現代俳句シリーズ四( 四五)
- 十一月三十日
木枯や一切の音老婆に来 中西舗土 若者には木枯も一種の爽快さであるが、老婆には身の縮む思いである。木枯の荒れすさぶ音が、猫背で歩く老婆に集中している夕暮れだった。
「中西舗土集」
自註現代俳句シリーズ三( 二四)