今日の一句:2021年02月
- 二月一日
納めたる上へ上へと凧納む 山崎ひさを 二月一日、王子稲荷、初午。火伏せ凧の行事初めて知る。その夜、パリ行の和美を羽田空港に送り、アメリカ出張の斎喜かなえ夫妻に遇会した。
「山崎ひさを集」
自註現代俳句シリーズ四( 五三)
- 二月二日
鬼を追ふ老妻酒を飲む老夫 相生垣瓜人 わが家の節分風景。意気地のない夫を持てば妻も勇を奮って鬼をも追わざるを得ない。こんな年を重ねて何時しか夫婦共に老いてしまったのである。
「相生垣瓜人集」
自註現代俳句シリーズ一( 一九)
- 二月三日立春
立春やしづかにひらくたなごころ 上原白水 立春という気息を、握っている手をしずかに開くという動作で。何となく春が来たとの思いを確かめているのである。
「上原白水集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四二)
- 二月四日
探しあぐねし蕗の薹かも己かも 野沢節子 家の西側の崖に毎年蕗の薹が芽をだす。まだ枯れ草の中をあちらこちら探したがとうとう見つからなかった。自分の心の行方を失ったように――。
「野沢節子集」
自註現代俳句シリーズ一( 四)
- 二月五日
日を得つつ紅梅にある冥さかな 雨宮きぬよ 日面となった紅梅。
「雨宮きぬよ集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一一)
- 二月六日
風塵に光したがふ二月寒 伊藤康江 風塵に光が集まり二月の寒さを称えている。そう感じたのは私の誕生月のせいからかもしれない。
「伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一八)
- 二月七日
夕雲に灯さねばなほ梅紅し 黒田櫻の園 北陸には一重の紅梅が少ない。私のところには珍しく一重の紅梅が一本あるので、毎年花の頃には画架を立てて写生をすることにしている。
「黒田櫻の園集」
自註現代俳句シリーズ五( 一五)
- 二月八日
若布干す砂の走れる砂の上 南うみを 砂浜は風があるので、若布がよく乾く。干している漁師の足元を砂が横走る。
「南うみを集」
自註現代俳句シリーズ一二( 五)
- 二月九日
春浅き留守の海女小屋雨宿り 大屋達治 御宿町岩和田。立入禁止の札の出た小径を行くと、海岸の海女小屋に着いた。ブロック積みの物置のような造り。床は焚火の跡が残る土間であった。
「大屋達治集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六五)
- 二月十日
黄梅の影やはらかき中に佇つ 坂口匡夫 梅見の頃鎌倉瑞泉寺を訪ねた。やや離れて黄梅の木。晴れた日そこにはあるやわらかさが漂っていた。
「坂口匡夫集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四五)
- 二月十一日
蕗味噌をたひらげて酒少しかな 小西敬次郎 「貞良さん」の前書。酒量は知らない、出せば呑んだ。珍しいと言って蕗味噌に箸を付ける。酒は残して帰った。
「小西敬次郎集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三九)
- 二月十二日
まんさくや心のふるへ文字の上に 塩崎 緑 爽雨先生のご病状を案じながら書く日記。その心の動揺が文字にさえはっきり見られる。主観的な句だが、忘れがたい〈爽雨恋い〉の一作である。
「塩崎 緑集」
自註現代俳句シリーズ六( 一〇)
- 二月十三日
梅林へ梅林へ私は裏山へ 阿部みどり女 みどり女としては、五、九、五と珍しく破調の句。気に入った句らしく『自註句集』にも入っている。梅を見に来たから梅林へ、ではない。が作意ではない。
「阿部みどり女集」
脚註名句シリーズ二( 九)
- 二月十四日
春の風邪涙もろさの性かくす 杉本 寛 涙もろくなったのは何時頃からか。ニュースや時代劇を見ていての不覚。春風邪と誤魔化して眼をふくが、孫は目敏くひやかす。
「杉本 寛集」
自註現代俳句シリーズ六( 九)
- 二月十五日
春北風へ揺れ紅型の伸子張 奈良文夫 紅型は色鮮やかな琉球の染物。ひめゆり隊の少女とほぼ同齢の娘は、戦跡巡りの後でほっとしたようだった。
「奈良文夫集」
自註現代俳句シリーズ八( 二七)
- 二月十六日
梅咲くと蔵窓開く蔵の町 延平いくと 福島県の喜多方町有名な蔵の町。男子一生のうちには、蔵一つ建てることが共通の念願。蔵座敷は来客をもてなす最高の部屋である。
「延平いくと集」
自註現代俳句シリーズ八( 二六)
- 二月十七日
薄氷のとけながれたるひとところ 日美清史 薄氷の張っていたあたりは、そのあとかたもなく、ただ、あおあおと輝いていた。空の色よりもあおかった。
「日美清史集」
自註現代俳句シリーズ七( 三一)
- 二月十八日雨水
魚は氷に上れり固き麵麭の耳 小野恵美子 こういう季語に凝った時期がある。
「小野恵美子集」
自註現代俳句シリーズ八( 一九)
- 二月十九日
野火走る奇跡はいつも起らずに 市野沢弘子 火は神秘的である。まして野にある火は、風や陽光に誘われて、不思議な力を持つ。
「市野沢弘子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 四一)
- 二月二十日
水打たねば若者燃えん裸押し 藤井艸眉子 西大寺会陽。若者数千人の肉弾激突。神木争奪の揉み合で、度々水をぶっかける。大湯焔があがる。喚声と怒号〈閻魔なら火焔会陽は揉み湯焔〉
「藤井艸眉子集」
自註現代俳句シリーズ六( 一一)
- 二月二十一日
昏れぎはのたかぶりてゐる畦焼く火 高木良多 「越後月潟村」の前書。山崎羅春さんの案内。これより出雲崎ヘ向う。
「高木良多集」
自註現代俳句シリーズ五( 四四)
- 二月二十二日
春寒し山の音聴く鯉と居て 渡辺恭子 春寒き境内に、吟行会のメンバーは句帖を手にじっと佇む。池の鯉も音を立てず、ただ尾鰭をゆらすのみ。
「渡辺恭子集」
自註現代俳句シリーズ七( 四三)
- 二月二十三日
男よりをんな生まれて春残雪 平井照敏 ひとは女からうまれるが、その女が「をんな」になるのは、男を恋してから。少女はまだ「をんな」ではない。男が「をんな」を生み出す。汚れ雪。
「平井照敏集」
自註現代俳句シリーズ四( 四一)
- 二月二十四日
起き抜けの耳目に激ち雪解川 河府雪於 宿の湯檜曾川が激しい音をたて、白い飛沫をあげて迸っている。先生、先生のお好きな山へ、皆で来ましたよと、私は口の中で呟いた。
「河府雪於集」
自註現代俳句シリーズ六( 一八)
- 二月二十五日
東京に雪佐保姫の手遊びか 田所節子 春というのに、珍しく東京に雪が積もった。春を司る佐保姫の手遊びかも知れない。
「田所節子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三一)
- 二月二十六日
雪解けの後の藁屋根縄垂らし 今瀬剛一 この年は雪が多かったように思う。しかし三月ともなると雪も消えて屋根から一本の縄が垂れている。雪吊りの余り縄であろうか。
「今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六( 三三)
- 二月二十七日
芹生よりみどりをひろげ雪解沢 中村将晴 甲斐路秋山川は、鱒釣場があって釣師で賑わう。好晴に雪解が進んで、沢からの小流れに芹生がみどりをひろげ始めていた。
「中村将晴集」
自註現代俳句シリーズ八( 二五)
- 二月二十八日
沼鞣す風に鴨乗り雪解急 加藤憲曠 鞣皮のようにおだやかな沼。わずかな風に乗ったのか、鴨がゆっくりと泳ぎ始めた。雪解けが急に激しくなったらしい。
「加藤憲曠集」
自註現代俳句シリーズ六( 一七)