今日の一句:2021年04月
- 四月一日
四月馬鹿失業手当ふところに 山崎寥村 この年、小学校卒業後、現役兵、再度の召集公職追放の期間を除き三十二年間、生涯の職とした農業協同組合を退職、失業保険を貰う身となる。
「山崎寥村集」
自註現代俳句シリーズ六( 三五)
- 四月二日
風立ちて喝采のごと花辛夷 松本澄江 渋谷の駅前通りに辛夷の並木が出来、風の日は掌が喝采しているように見える。掲句、句集出版の人の祝句とした。
「松本澄江集」
自註現代俳句シリーズ六(二九)
- 四月三日
半分の半分を賜べ草の餅 大石悦子 何を摂ってもよかったが、量は極端に減った。小さなおむすびを作り、庭の蒲公英や蓬をおひたしにするなど、ままごとのようなことで養生した。
「大石悦子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五九)
- 四月四日清明
枯木灘の岩にかがまり鹿尾菜採り 小林愛子 熊野灘を過ぎ枯木灘に差し掛かった時目にした。しぶきを浴びて黙々と作業をしている女性の姿があった。
「小林愛子集」
自註現代俳句シリーズ一二(二二)
- 四月五日
見目ぞ佳き明石の浦の桜鯛 和田順子 明石魚棚。鯛も蛸も穴子もなんでも大きい。
「和田順子集」
自註現代俳句シリーズ一一(一五)
- 四月六日
月おぼろ明日は壊すと決めし家 下里美恵子 生れ育った家を壊すことになった。複雑な思いをおぼろな月がつつんでくれた。
「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四九)
- 四月七日
切岸にまんまるの穴鳥の恋 浅井陽子 東吉野村の故藤本安騎生さんの家近く、崖に山翡翠が営巣した。前の川に採餌の姿を見ることもある。気になる崖の穴でよく覗き込んだ。
「浅井陽子集」
自註現代俳句シリーズ一二(一一)
- 四月八日
花の上に大いなる星虚子忌なり 松田雄姿 鶏頭会で秩父へ。一日花を仰いで歩いた。当日はたまたま虚子忌。句会が終わって外を見ると、花の上は一面の星空。金星がひと際明るかった。
「松田雄姿集」
自註現代俳句シリーズ一二(二四)
- 四月九日
弘法の湯の味ほめて桜かな 鈴木節子 <感嘆は喉もとにあり朝ざくら>同修善寺の所産。桜は、朝、昼、夕、夜、それぞれの趣があり、日本人ならず愛される花だ。弘法の湯も愛される。
「鈴木節子集」
自註現代俳句シリーズ九(三六)
- 四月十日
花に能演ずる笛と鼓かな 竹腰八柏 丹波篠山では春日神社で年二回能が演じられる。一つは花の頃、他は大晦日の夜である。花の下に演じられる能は格別である。
「竹腰八柏集」
自註現代俳句シリーズ五(二〇)
- 四月十一日
太陽をたちまちふやし石鹼玉 檜 紀代 俳句をやっていて本当によかったと思うのは、多士済々の方々とお知りあいになれたこと。
「檜 紀代集」
自註現代俳句シリーズ五(二五)
- 四月十二日
裏木戸が好きでさくらの下通る 成田清子 立派な正面玄関から入るよりも、親しみのある裏木戸がいい。夫の実家に行く時はいつも裏木戸から入った。
「成田清子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四)
- 四月十三日
白山の真下菜の花畠かな 新田祐久 菜の花畠は明るく、春が来たことを実感させる。
「新田祐久集」
自註現代俳句シリーズ五(二四)
- 四月十四日
番屋汁やぐらも沖も養花天 堀 古蝶 寺泊は新潟県最古の国津。海辺には浜焼きの店が軒を連ねる。番屋の櫓に人影がなく、沖まで花曇りの空が続いていた。
「堀 古蝶集」
自註現代俳句シリーズ七(一三)
- 四月十五日
春潮といへ夕波のややに荒れ 村田 脩 同じく江ノ島の景。この潮の荒れは確かに夕べさみしむ心が感じさせたものである。
「村田 脩集」
自註現代俳句シリーズ三(三五)
- 四月十六日
花茣蓙といふさむしろに漂へり 鈴木栄子 さびしとてものいえば、さびしさのなおたえがたし、さびし日はもだえてあらむ、うつうつともの忘れつつ、ちぎれ雲ながめてあらむ。「蠟人形」。
「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四(二八)
- 四月十七日
春灯といふあやしさの息遣ひ 源 鬼彦 春灯を見ていて、ふと浮かんだ俳句。春灯そのものの息遣いに何かいわくがありそう、と感じ取ってもらえれば成功。
「源 鬼彦集」
自註現代俳句シリーズ一一(四四)
- 四月十八日
爛漫の夜桜の上闇ふかし きくちつねこ この夜桜はどこだったか、もう忘れている。ただ夜桜をおもうとその上の闇を思い出す。
「きくちつねこ集」
自註現代俳句シリーズ三(一一)
- 四月十九日
道問へば婆の早口豆の花 柏原眠雨 仙台の北西の根白石を通り掛かり、戦国時代の古城の跡があると聞いていたので、出会った老女に道を尋ねたが、訛の強い早口で辟易した。
「柏原眠雨集」
自註現代俳句シリーズ一一(六六)
- 四月二十日穀雨
岩木嶺の白き風来て花筵 奈良文夫 妻と弘前、秋田、角館の花巡りツアーに参加した。弘前城は満開の花越しに真白な津軽富士。
「奈良文夫集」
自註現代俳句シリーズ八(二七)
- 四月二十一日
訪はず訪はれず山吹の花終る 三田きえ子 「頑な自己を守り通すといふ心象を込めてリフレインの面白さに止らず過ぎてゆくものへの愛着を滲ませる」木村敏男氏評。
「三田きえ子集」
自註現代俳句シリーズ七(一四)
- 四月二十二日
石に坐し吾も羅漢や百千鳥 小倉英男 川越・喜多院の五百羅漢を見て廻った。途中で石に腰掛け目をつむりながら囀りをきいた。時間が停っているようにも思えた。
「小倉英男集」
自註現代俳句シリーズ八(三四)
- 四月二十三日
ふらここの影のひしやげて遠流の地 佐怒賀直美 兄の俳句仲間と数人で佐渡島へ渡った。どこであったかは忘れたが、かすかに揺れながらその影を歪ませるブランコに、島の歴史が重なって見えた。
「佐怒賀直美集」
自註現代俳句シリーズ一二(四七)
- 四月二十四日
エンジンをふかす音はも新社員 中坪達哉 長男のマイカー出勤。発進前のエンジンをふかす音も意識的なものではなく、新社員としての昂揚から自然にアクセルを踏み直すものか。
「中坪達哉集」
自註現代俳句シリーズ一二(八)
- 四月二十五日
退くときの白さが無限春怒濤 山本つぼみ 八丈島を目指した旅が、欠航で千葉県安房の海辺に変更された。寄せてくる時より退くときの一面ちらばった波の白さに心を奪われた。
「山本つぼみ集」
自註現代俳句シリーズ一二(三)
- 四月二十六日
八方の実盛塚の松の芯 千田一路 片山津の矢田屋で「風」北陸大会。加賀方面の源平史跡を巡った。斎藤実盛の出陣劇は平家物語の名場面。それにふさわしい松の枝振りである。
「千田一路集」
自註現代俳句シリーズ九(一)
- 四月二十七日
わが死後の税はじきゐて長閑なり 澤田緑生 稀に閑があると、ありもしない財産の相続税など試算してみて、節税方策を考えたりするのも一興である。
「澤田緑生集」
自註現代俳句シリーズ五(一七)
- 四月二十八日
蛇行して干潟を流れゆけるかな 本井 英 季題「干潟」は「潮干潟」。春の大潮になると、ワクワクと胸を躍らせて「干潟」を見に行く。<島ひとつとり残されし干潟かな>という句も出来た。
「本井 英集」
自註現代俳句シリーズ一二(一六)
- 四月二十九日
しゃぼん玉身震ひをして発ちにけり 石井いさお 春の子供がらみの季語は、鞦韆・風船・風車・凧・しゃぼん玉等がある。ゆっくり吹くと大きなしゃぼん玉が身震いをしてぶるんと離れていく。
「石井いさお集」
自註現代俳句シリーズ一二(三二)
- 四月三十日
行春や絵皿にときし朱の三いろ 向笠和子 俳句と共に遅々として日本画の稽古に通った。実家の父、兄の影響である。絵具の量を多く溶きすぎては叱られた。
「向笠和子集」
自註現代俳句シリーズ五(六〇)