今日の一句:2021年11月
- 十一月一日
突堤に波の逃げ穴神無月 奈良文夫 犬吠岬を見て外川の民宿へ泊った。台風過の荒波。突堤につけられた穴はその圧力をのがすためらしかった。
「奈良文夫集」
自註現代俳句シリーズ八( 二七)
- 十一月二日
木の葉髪いち日は身の濁りかな 藤木俱子 疲れてくると、肩や背の血がとどこってくる。いつでも、血がさらさら流れている状態でいたいものだ。
「藤木俱子集」
自註現代俳句シリーズ八( 二一)
- 十一月三日
箒屋に箒ぎつしり文化の日 大澤ひろし 「泉」の「雲の会」は毎月第一日曜日。句会場への通り道に箒屋があった。十一月三日は第一日曜日で、席題は「文化の日」であった。
「大澤ひろし集」
自註現代俳句シリーズ七( 三七)
- 十一月四日
清水寺の迫り上がりたる冬紅葉 石山ヨシエ 清水の舞台に立って辺りを眺めてから元の道へ下る。今度はせり出した舞台を下から見上げた。冬紅葉がどこまでも調和していた。
「石山ヨシエ集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三七)
- 十一月五日
小春日の雀遠出をこころみし 河野邦子 そろそろ遠出をしてもよい頃とひそかに計画する。体力にも自信が持てるようになった。
「河野邦子集」
自註現代俳句シリーズ九( 三二)
- 十一月六日
鶴川村びつしり雨の枯葎 皆川盤水 「石川桂郎逝く」とある一句。桂郎と親交のあった盤水は、病む友を、この鶴川の「七畳小屋」に見舞っている。枯葎の繁った桂郎宅では、その訃を悼むかに、霜月の冷たい雨が降りしきっていた。句友であり酒の友でもあった心の友を失った盤水の慟哭。(みさ代)
「皆川盤水集」 脚註名句シリーズ二( 一二)
- 十一月七日立冬
浄め塩真白なり冬はじまれり 渡邊千枝子 浄め塩の白さは冬の初めことに際立つ。
「渡邊千枝子集」
自註現代俳句シリーズ八( 三)
- 十一月八日
冬に入る馬さしに振りし唐辛子 志村さゝを 甲州では好んで馬肉を喰べる。好みに応じて七味唐辛子を振りかける。もうすぐ冬が来る。
「志村さゝを集」
自註現代俳句シリーズ七( 八)
- 十一月九日
拾ひ来し貝殻の紅しぐれ宿 古田紀一 敦賀市を訪い舟宿のようなところに泊った。次の日は原子力発電所を過ぎ半島の先端の小さな宮のあたりを散策した。
「古田紀一集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一二)
- 十一月十日
綿虫を見せ手相をば読まれけり 和久田隆子 菩提寺に後継者として若い僧が入った。厳しい御前様のもとで、この先大変だろうと思った。綿虫の舞う日。
「和久田隆子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二四)
- 十一月十一日
セザンヌの絵より舞ひ来し柿落葉 高橋悦男 高校の頃、美術部で油絵を画いた。手本はもっぱらセザンヌ。マチス、ピカソは大嫌いだった。今はピカソとゴッホが好き。
「高橋悦男集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三五)
- 十一月十二日
蓮掘のすみたる水に日が載れり 鈴木貞雄 霞が浦のほとりに、蓮掘を見に行った。ホースで水を送って泥をとばして蓮を掘ったあと、蓮田の水は平らに静まりかえる。
「鈴木貞雄集」
自註現代俳句シリーズ七( 二九)
- 十一月十三日
初時雨古書肆にて遇ふ師の句集 佐藤公子 降り出した雨を避けて入った神田の古本屋さん。五千石先生の『森林』と、愛嬢日差子さんの『日差集』が並んでいた。
「佐藤公子集」
自註現代俳句シリーズ七( 二二)
- 十一月十四日
茶の花のつぼむお多福顔にかな 福神規子 畑境に茶垣があった。葉籠りに清楚に咲く茶の花はまことに美しい、と見ているとまるでお多福の頰のようにふっくらとふくらんだ莟に出会った。
「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四七)
- 十一月十五日
自らを浄めゐるごとからまつ散る 関森勝夫 南アルプス二軒小屋付近。からまつの林中の道。黄葉が厚く積っていた。なおさらさらと音を立てて葉が散っていた。冷えた空気が痛い程だった。
「関森勝夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 二四)
- 十一月十六日
水抜いて土をいやせる小六月 伊藤敬子 十一月は乾燥期。昨年は名古屋の水甕まで乾燥してしまった。土から水を抜いて土をいやせる自然の法則。
「伊藤敬子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五)
- 十一月十七日
朝市へ白菜積んで親子馬 野崎ゆり香 中国の朝はぴかぴかに磨かれた自転車のラッシュである。その中を悠々と親馬と並んで可愛らしい子馬が荷物を積んで通る。
「野崎ゆり香集」
自註現代俳句シリーズ六( 六)
- 十一月十八日
冬の蠅いきなり飛びて光りけり 深見けん二 上野章子「春潮」主宰と、前年から二人吟行をして「春潮」誌上に掲載された。これは六回目で、百花園、十一月十八日である。
「深見けん二集」
自註現代俳句シリーズ続編( 二〇)
- 十一月十九日
冬の鵙馬籠裏谷風の中 鳥羽とほる 馬籠宿は一筋の街道に沿い、坂道で綴られている。宿の裏は浅い谷になって四季おりおりの風が通っている。永昌寺の藤村墓地へゆく。
「鳥羽とほる集」
自註現代俳句シリーズ三( 二三)
- 十一月二十日
冬虹は栄光半旗なかりせば 有働 亨 この年の世界のビッグニュースのトップは「ケネディ大統領暗殺」であった。愕きに立ちつくす私の目に冬虹が見えた。深い人間不信に苛まれた。
「有働 亨集」
自註現代俳句シリーズ四( 一二)
- 十一月二十一日
波郷忌やぎんなん出たる茶碗蒸し 川畑火川 ここにどうして茶碗蒸しが出て来たのか不明。思い出といえば、集まれば酒、酒席となればのことか。
「川畑火川集」
自註現代俳句シリーズ五( 三九)
- 十一月二十二日小雪
焚きのぼる炎は歳月の大牡丹 小川かん紅 須賀川牡丹園の牡丹供養、石鼎ゆかりの牡丹焚火へ招かれて出席。焚火の焰がさまざまの色を織りなして神秘的である。赤・紫・緑等々。
「小川かん紅集」
自註現代俳句シリーズ八( 四八)
- 十一月二十三日
傘させば傘の暗さの一葉忌 加藤燕雨 一葉忌の題詠がありこの句を得た。一葉忌の句は多く作ったが、この一句を残すことにした。
「加藤燕雨集」
自註現代俳句シリーズ八( 二八)
- 十一月二十四日
綿虫や家々戸口向き合へり 蓬田紀枝子 団地の午後はひっそりしたもの。綿虫など見つけたのは私だけかも知れぬ。
「蓬田紀枝子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五七)
- 十一月二十五日
与謝しぐれ一名峯を遠めかす 西山小鼓子 丹後の与謝郡は大江山の北側一帯をふくむ。その与謝地方に降る時雨は京都あたりよりは移り方も早く荒く時に大江山をにわかに遠ざけて見せる。
「西山小鼓子集」
自註現代俳句シリーズ五( 三二)
- 十一月二十六日
絵馬に書くほど願易からず神の留守 鈴木栄子 清水寺で出来た。ちょうど四十七年「鳥獣戯画」で高山寺通いをしていたころ。山を下りて来たら何とも寒くてタワーホテル地下の銭湯に飛込んだ。
「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四( 二八)
- 十一月二十七日
忙中の閑に日当る石蕗の花 鈴木鷹夫 仕事と俳句の二足の草鞋がそろそろ無理になって来た。このままだと両方駄目になる予感。即ち二兎追う者は......。
「鈴木鷹夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 三八)
- 十一月二十八日
披露山のしづけき落葉日和かな 和田順子 逗子市が「逗子八景吟行会」を行い、選者で参加。若い職員は健脚で、いつもの吟行のペースとは違いハイキングのようであったが和やかな会に。
「和田順子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一五)
- 十一月二十九日
子守の箸延命の箸冬ぬくし 佐藤信子 木之本のお地蔵様はどっしりと大きく安らぎを与えてくださる。母へお土産に延命の箸を買う。
「佐藤信子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三三)
- 十一月三十日
重さうな音して軽き落葉かな 石﨑宏子 散る音の重さと、拾い上げてみた落葉の思いがけない軽さの落差。自然界はささやかなことにも驚きが満ちる。
「石﨑宏子集」
自註現代俳句シリーズ一三( 六)