今日の一句:2022年01月
- 一月一日
産土社の木階を掃く初松籟 和久田隆子 八幡社の末社である氏神さまは、初詣で一しきりにぎわえば、あとは閑散。
「和久田隆子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二四)
- 一月二日
筆の穂の白きが儘に二日過ぐ 角川照子 毎年、きちんと二日はお書初め、と定めながら、今年は、気が付いたら二日も終ってしまった。
「角川照子集」
自註現代俳句シリーズ五( 一三)
- 一月三日
射干の実のぬばたまの淑気かな 青木重行 この花は実も好きで毎年咲くのを待っている。実は真黒で茎より落ちない。正月には実そのままを活けるのも面白い。
「青木重行集」
自註現代俳句シリーズ九( 三)
- 一月四日
海に出ることが安息漁始 吉原一暁 漁師さんの正月は短い。二日には、漁の支度が始まる。四日には、はや漁に出る。彼等にとって、海に出ることが安息の日々なのだ。
「吉原一暁集」
自註現代俳句シリーズ八( 八)
- 一月五日小寒
医務始うしほけぶりを浴びてより 谷口智行 波頭の飛沫が風に飛ばされ、煙のように宙を漂う。あらたまの気で身を濯ぐ。
「谷口智行集」
自註現代俳句シリーズ一三( 八)
- 一月六日
初暦めくりなまけてゐたりけり 倉田春名 皆川盤水氏の著書『俳句の鑑賞』に「正月のめでたさにのんびりして、まだ元旦のままになっているのに気がついた。俳諧味のある句」と。
「倉田春名集」
自註現代俳句シリーズ六( 五三)
- 一月七日
身の上を聞く人日の耳ふたつ 本宮鼎三 職業安定所に勤続三十うん年。就職のお世話をするためには、ときには人の身の上を聞かねばならない。博愛精神が必要。
「本宮鼎三集」
自註現代俳句シリーズ六( 一)
- 一月八日
事務始はやシュレツダーにかけしもの 原田紫野 パソコンの普及で紙の使用量は減る、などと言われたが事実は逆。ゴミも増える一方だが、その出し方にも神経を使わねばならない。
「原田紫野集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一〇)
- 一月九日
結びしに結びたすあり初みくじ 寺島ただし 正月の神社に行くと、ところせましと神籤が結ばれている。この句のようなこともよくある。
「寺島ただし集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二三)
- 一月十日
母の座に母おはします初座敷 加藤耕子 黒の羽織を召して、母の座に着かれた姑である。婚家の正月の景。
「加藤耕子集」
自註現代俳句シリーズ七( 四八)
- 一月十一日
初みくじ金運違ふ夫婦かな 延平いくと 私の金運は凶。妻の金運は吉。財布は一つなのに、私稼ぐ人、妻使う人。なら話は分るが。私自身はとっくに年金恃みの暮らしである。
「延平いくと集」
自註現代俳句シリーズ八( 二六)
- 一月十二日
木偶にいま魂入りて初芝居 品川鈴子 大阪道頓堀の朝日座では最後の文楽公演。文楽通の母方の従姉美鶴さんの誘いで〈初芝居浄瑠璃本をおしいただき〉人形遣いはまさに魔法遣い。
「品川鈴子集」
自註現代俳句シリーズ五( 四二)
- 一月十三日
初旅や七島見ゆるところまで 雨宮きぬよ 初旅と言うほどでもないが、伊豆七島が見える晴天の日。
「雨宮きぬよ集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一一)
- 一月十四日
初電話鶴見のさそひこまごまと 藪内柴火 九州出水の鶴を見に行こう、ということになり句友の一人が計画し打合せすることになっていた。その打合せの電話がかかって来た。
「藪内柴火集」
自註現代俳句シリーズ六( 二)
- 一月十五日
旧正月小鳥細音に歌ひをり 高久田橙子 旧正月は本当に正月らしい。餅を搗き静かに一日を過す。静かなので鳥の声もはっきり聞こえ姿まで見えるようである。
「高久田橙子集」
自註現代俳句シリーズ五( 四五)
- 一月十六日
雪あかり閉ざして蔵の高障子 照井せせらぎ 明かり取り窓の壁戸を閉ざし、その内側の障子も閉ざした冬の蔵。少女時代この蔵窓の明かりで、夢二や虹児の画集や雑誌に読み耽った。
「照井せせらぎ集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 三)
- 一月十七日
奥といふしづかさ冬の日の射して 井越芳子 AIの会。何もないところを見ながら、一句の核を探すことは苦しいが、その苦しさは嫌いではない。
「井越芳子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四八)
- 一月十八日
探梅やいつか生家の道へ出て 村上沙央 城下町の典型的な下町にあった生家は、大型マンションの立ち並ぶ地域に変貌。昔の風景は失われたが、馴染んだ樹木は忘れない。
「村上沙央集」
自註現代俳句シリーズ一二( 二〇)
- 一月十九日
一月や水櫛すれば白髪消ゆ 八木林之助 まあ、こんな程度の白いものが髪に現れてきた。朝の出際のせわしい一瞬にふとよぎるものがあるという次第。
「八木林之助集」
自註現代俳句シリーズ三( 三七)
- 一月二十日大寒
身を洩るる泡のごとくに寒念仏 宮津昭彦 念仏を唱えている姿は、ぶつぶつと独り言を呟いているようにも見える。泡のように浮かんでは宙に消えて行く念仏。私が唱えている訳ではない。
「宮津昭彦集」
自註現代俳句シリーズ続編( 八)
- 一月二十一日
密漁船追ふ極寒の波しぶき 小田実希次 蒲郡海上保安署の巡視船に便乗して密漁船の取締りに同行す。
〈密漁の浅蜊が舌を出してゐる〉「小田実希次集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三二)
- 一月二十二日
おもちや屋のネオンわいわい雪降り来 宮崎すみ 何につけても、おもちゃ屋は楽しい。ネオンすら賑やかである。それに加えて子供の大好きな雪......。
「宮崎すみ集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四)
- 一月二十三日
雪の貨車北の便りのごとく着く 淺野 正 北国への旅は、仕事で十年余もつづいた。雪は定年以後の私にとって、懐しい思い出の一つである。
「淺野 正集」
自註現代俳句シリーズ六( 二一)
- 一月二十四日
みづからの深紅にふるへ寒牡丹 山上樹実雄 寒に入ると足の向くのが大和の石光寺、寒牡丹が仏さまのような寺である。薦の中の恥ずかしげな伏目の姿、中に余りの深紅に自ら驚いている花。
「山上樹実雄集」
自註現代俳句シリーズ五( 五五)
- 一月二十五日
旅一人雪に泣くこと宥されて 鈴木真砂女 上越の湯檜曾温泉への一人旅。生れて初めての深い雪に感激、むやみに涙がこぼれ、ただただ雪に魅了されていた。三泊して雪の句ばかり二百句ほど。残したのは、三十四句。〈ふぶく夜を海鳴りとききねむらんか〉〈わが旅のこころは雪に病めりけり〉。( てい女)
「鈴木真砂女集」 脚註名句シリーズ二( 四)
- 一月二十六日
雪浪の地を剝がれしは天翔くる 本多静江 『雪浪』所収。雪浪とは地吹雪のあと、根雪の表面に生ずるうろこ状の風紋。師はこの厳しくも美しい風物を、句集の名に選んで下さった。
「本多静江集」
自註現代俳句シリーズ四( 四五)
- 一月二十七日
実朝忌好きな青墨片減りに 志村さゝを 俳画を習うようになって青墨に親しむ。きょうは鶴岡八幡宮の大公孫樹の陰で逝った鎌倉三代将軍実朝忌。文運にあやかりたいもの。
「志村さゝを集」
自註現代俳句シリーズ七( 八)
- 一月二十八日
実万両堆朱の色を尽しけり 伊東 肇 庭の蹲の辺りに万両と千両がある。千両の実は葉裏に鮮やかな朱色の実を、万両は葉の下に深く濃い朱色の実を垂らす。寒中の庭の唯一の彩り。
「伊東 肇集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三八)
- 一月二十九日
忘れゐしことの深さに恋歌留多 嶋田麻紀 〈しのぶれど色に出にけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで 平兼盛〉
「嶋田麻紀集」
自註現代俳句シリーズ八( 六)
- 一月三十日
日脚伸ぶいつもの窓にいつもの樹 伊藤康江 私の居場所から眺めるいつもの景色。刻々と時のうつろいを知らせてくれる光と影。
「伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一八)
- 一月三十一日
封筒の裡濃むらさき春隣 宮脇白夜 ささやかなことにも、春のことぶれを感じがちな詩ごころ。受け取った封書の内側の濃紫色に触発されて出来た抒情句。
「宮脇白夜集」
自註現代俳句シリーズ八( 四六)