今日の一句:2022年07月
- 七月一日
身ほとりの恩忘れゐて半夏生 山仲英子 たくさんの恩恵に与って生きているのに、ついつい忘れる、愚かさ。
「山仲英子集」
自註現代俳句シリーズ八( 二四)
- 七月二日
頭の芯に痛みのつんとかき氷 土生重次 あわててかき氷を食べると、眼の奥から頭の芯にかけて、強い痛みが走ります。要注意。
「土生重次集」
自註現代俳句シリーズ六( 三七)
- 七月三日
めをととは得体の知れず水中花 松本 進 お互に分っているようで分らないところに人生があり夢があるのだと思う。
「松本 進集」
自註現代俳句シリーズ七( 四)
- 七月四日
暑き日の花々に蜜あふれけり 坂本宮尾 夏の盛り、すなわち命の輝くとき。そう気取ってかつては夏が好きだったが、最近の暑さはもう限界を超えているようだ。
「坂本宮尾集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四六)
- 七月五日
雲の峰を降りて稲刈る日向人 堀口星眠 南九州、沖永良部、徳之島にゆく。福永氏の好意である。旅案内の好意を実行してくれる人は世に少ない。七月の稲刈を望見する。
「堀口星眠集」
自註現代俳句シリーズ二( 三五)
- 七月六日
滝音のなかにくぐもる源義の声 角川照子 近頃街の騒音の中や電車のなか等でふっと源義の声を聴き止めることがある。この日青岸渡寺より那智滝を見る。滝音の中に源義の嗄声を聞いた。
「角川照子集」
自註現代俳句シリーズ五( 一三)
- 七月七日小暑
一本の赤一本の青冷し麦 田村了咲 スーパーで買った冷麦、水に冷やして食べる。その中に一本ずつ赤と青が入れてある。一本だから涼味をそそる。
「田村了咲集」
自註現代俳句シリーズ二( 二二)
- 七月八日
汗し涙し敦先生さやうなら 西嶋あさ子 八日。付添さんが「お帰りになりました」と言う。どういう意味か理解できず。病院を飛び出し、タクシーに会うまでとにかく走った。
「西嶋あさ子集」
自註現代俳句シリーズ八( 七)
- 七月九日
鬼太鼓夜涼の人を集めけり 小川濤美子 佐渡のホテルの庭。夕食が済み鬼太鼓が四、五人の男たちで行われ見物した。もの悲しいひびきを思い出す。
「小川濤美子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五七)
- 七月十日
峯雲の巓雲を噴き出せり 中村与謝男 大江山は海抜八百メートル余り。僕らの配達区はその山腹をバイクで登り、南麓の集落へも下る。中腹のスキー場からは宮津湾の雲の峯が間近。
「中村与謝男集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三〇)
- 七月十一日
一物として一帆の夏景色 伊藤白潮 ふとしたきっかけで海釣を覚えた。最初は船での釣で鯵を沢山釣った。その後むずかしい磯釣へ転向した。句の方は単純化をひたすら心掛けた。
「伊藤白潮集」
自註現代俳句シリーズ五( 六一)
- 七月十二日
裂帛の声はをみなや滝行者 小川斉東語 高尾山。山中の滝垢離場には句材が多い。耳をつんざくような鋭い声は女行者、しかもまだ若い。何の悩みがあるのか、それとも、願掛けか。
「小川斉東語集」
自註現代俳句シリーズ六( 八)
- 七月十三日
兜虫摑みて磁気を感じをり 能村研三 第四句集のタイトルともなった句。兜虫の足は木の枝などに止まると中々離れない。まるで磁力があるように思えた。
「能村研三集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六三)
- 七月十四日
船の灯のつぎつぎ灯るパリー祭 三田きえ子 横浜埠頭の外国船に灯がともった。異国情緒を満喫。
「三田きえ子集」
自註現代俳句シリーズ七( 一四)
- 七月十五日
水打つや水はうなじをさつと伸べ 山口 速 「母恋し首を伸ばして落し水」( 不死男)の叙法を少し借りた。擬人化のはじまりの句。
「山口 速集」
自註現代俳句シリーズ六( 一六)
- 七月十六日
羅や宿場の町の朝しづか 山口梅太郎 どこだったか、古い宿場の町に泊った。翌朝、浴衣のまま外へ出てみた。朝の静かな雰囲気が、浴衣を羅に格上げした。
「山口梅太郎集」
自註現代俳句シリーズ一三( 一三)
- 七月十七日
攻め潮となり夏潮の瀬を奔る 石井いさお 地図を見ていると、瀬戸内海には響灘とか速吸瀬戸など潮流の音に発する実によいネーミングの地がある。そのイメージを借りて作った句。
「石井いさお集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三二)
- 七月十八日
祭馬四條大路につながれぬ 金久美智子 祇園祭も最後。神輿が還御され、美しく飾られた祭馬が四条通の御旅所前に繋がれていた。車を締出した祭も終わり、何か空疎なひとときである。
「金久美智子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四五)
- 七月十九日
白日傘かざして海を遠くせり 下里美恵子 何気ない行動がもたらした心理的な錯覚。実際、海が遠くなることなどないのだが...。
「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四九)
- 七月二十日
泳ぐ子に船頭父の声放つ ながさく清江 「晨」同人総会のあと湖西を廻る。漕ぎ出した舟の上から、泳ぎ子に大きな声で注意している船頭、その声は確かに父としての声だった。
「ながさく清江集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六〇)
- 七月二十一日
ひまはりやジーンズがばと乾きたる 中村姫路 庭のひまわりのそばで、洗濯物がよく乾く。その象徴としてのひまわり。ジーンズの乾き方を上手く表現できたと思う。
「中村姫路集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四三)
- 七月二十二日
甚平や一誌持たねば仰がれず 草間時彦 その頃の俳壇事情を揶揄した作で、評判になった。〈甚平や一誌持てども仰がれず〉といった偽作まで登場した。俳人協会事務局長に就任のあと「鶴」を辞し無所属で通した。江戸っ子気質の文人趣味の世界に遊んだ一面もある。「草間時彦集」
脚註名句シリーズ二( 一)
- 七月二十三日大暑
凌霄花の咲くも散れるも夢の数 中尾杏子 この妖艶な夏の花の、つぎつぎと咲いて散るエネルギッシュさは、どこか現世離れがしている。この頃は火山灰の降る日が続いた。
「中尾杏子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 一五)
- 七月二十四日
全山のひとつとなりし蟬時雨 原田青児 伊豆多賀という小さな駅は、森の中にある。おびただしい蟬の声だ。蟬の声は一本化して、まるで一つの山がうなっているようだ。
「原田青児集」
自註現代俳句シリーズ五( 三三)
- 七月二十五日
サングラスかけて目つむりゐたりけり 今井杏太郎 動物どもは互いに眼を合わせることによって、なんらかの精神的緊張をもたらすことになる。こうしておれば心が安らぐのである。
「今井杏太郎集」
自註現代俳句シリーズ六( 四六)
- 七月二十六日
下るとも遡るとも川涼し 髙田正子 七月二十六日。武蔵野吟行で古利根へ。春日部までは電車一本で行ける。町の賑わいを外れるとすぐに川。猛暑極暑溽暑の一日であった。
「髙田正子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 三三)
- 七月二十七日
旱星草より起こす子の自転車 森川光郎 自転車に乗れるようになるまで、夕方おそくまでつき合った。なつかしい昔日の風景。
「森川光郎集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一五)
- 七月二十八日
合歓ねむりはじめし馬頭観世音 青柳志解樹 帰郷の作。はっきり数えたことはないが、わたしの村に、馬頭観音はざっと三十はあろうか。そして合歓の花がやさしく語りかけるようだ。
「青柳志解樹集」
自註現代俳句シリーズ四( 一)
- 七月二十九日
寄り添ひし石の影濃き城晩夏 古賀雪江 大阪城内、豊國神社で爽雨句碑詣での後、神社の脇の石庭を眺める。その石の寄り添った影が晩夏の様子を感じさせた。
「古賀雪江集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一三)
- 七月三十日
炎天の影喫泉を離れけり 阿部みどり女 昭和四十一年、仙台城址で詠まれたもの。満八十歳を迎え、写生をふまえ、直感を大切にの信条を深めていった。
「阿部みどり女集」
脚註名句シリーズ二( 九)
- 七月三十一日
青胡桃しなのの空のかたさかな 上田五千石 信濃に来るとまず、五千石先生のこの句を口ずさむ。昭和十九年、長野県上伊那郡小野村( 現辰野町)に疎開された。「しなの」の表記、「空のかたさ」の把握、「青胡桃」の斡旋。平明で美しい。少年期の信州三年間の思い出には曇り空がないという。( 三田きえ子)
「上田五千石集」 脚註名句シリーズ二(一五)