今日の一句:2023年10月
- 十月一日
落日のまぶしさに曳く稲車 西小山鼓子 一株ずつ手で刈った稲を荷車に積み上げて家路につく農家の人達。折柄西の方の寺山に沈みかけた太陽の日射しがまぶしい中を曳く稲車である。
「西小山鼓子集」
自註現代俳句シリーズ五( 三二)
- 十月二日
愛の羽根隣に愛の献血車 宇都木水晶花 愛の羽根とは毎月十月に行われる国民助け合い共同募金運動で、協賛者の胸に赤い羽根をつける。同じく愛の献血も多くの人の善意による。
「宇都木水晶花集」
自註現代俳句シリーズ七( 三)
- 十月三日
たまゆらの陽を吸ふ障子小鳥来る 小松崎爽青 小鳥の来る、山麓の生家にくつろいだ一刻は、私の陶酔境なのである。あるかなしかの薄日を、白い障子が吸い尽くしたような午後であった。
「小松崎爽青集」
自註現代俳句シリーズ七( 五)
- 十月四日
町風呂の天井ひびき秋夕日 近藤 實 風呂屋には明るい日のあるうちに行く。これが子どもの時からの習慣だった。カーンと木桶の音が、高い天井に快く響いた。
「近藤 實集」
自註現代俳句シリーズ七( 一六)
- 十月五日
暁天といふつかの間を鳥渡る 佐久間慧子 前句同旅の句。宿を出てつぐみが渡るという堤で待つ。しらみかけた空に願望のそれが見られた。臨場感を味わう。
「佐久間慧子集」
自註現代俳句シリーズ七( 四〇)
- 十月六日
家康を知る樹知らぬ樹天高し 加藤燕雨 俳人協会愛知県支部が、始めて三河で大会を開き岡崎公園嘱目で行う。地元とあって進行に協力した。
「加藤燕雨集」
自註現代俳句シリーズ八( 二八)
- 十月七日
山刀伐の雲の中より木の実落つ 山田春生 十月、尿前の関などを訪ね、翌日、山刀伐峠越え。峠で休んでいると栗が落ちてきた。見ると、あちこちに落ちている。家に帰って栗飯を炊いた。
「山田春生集」
自註現代俳句シリーズ七( 四六)
- 十月八日寒露
岩壁にかぶさり紅き七竈 大原雪山 前に同じ。最高峰の天狗岳。特徴のある山である。ややハング気味の東面の壁を登る計画があったが某山岳会に先を越されて断念した。
「大原雪山集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三六)
- 十月九日
青蜜柑おのが青さに青ざめて 後藤比奈夫 ポポの実が生り、風船かづらが搖れ、萩が残り、秋咲きの花が優しい庭だった。それらの中で一本の蜜柑の木が、まだ真青な実をつけていた。
「後藤比奈夫集」
自註現代俳句シリーズ一( 一八)
- 十月十日
龍田姫森に来給ふ句碑びらき 古賀まり子 水原先生の句碑開き。十里木。快晴。紅葉し始めた森に小鳥達も来ていた。
「古賀まり子集」
自註現代俳句シリーズ四( 二二)
- 十月十一日
からすうりまだ豊頬や秋まつり 山田孝子 町裏の藪陰の烏瓜は渋柿と見まがう程真赤でふっくらと愛らしい。秋まつりを待つ田舎の娘さんのような素朴さで。
「山田孝子集」
自註現代俳句シリーズ八( 三九)
- 十月十二日
秋雨や赤鉛筆で速達と 星野立子 この句も、秋雨の降っている部屋の中で、ただ赤鉛筆で速達と書いている。その情景が浮かんでくるのが不思議である。ここにも母は赤鉛筆と言っている。最後の句も赤鉛筆の句であった。
「星野立子集」
脚註名句シリーズ一( 一七)
- 十月十三日
校門をごろごろ閉ぢて秋の暮 本井 英 「秋の暮」の席題で作った句。仕事場の高等学校の校門を、守衛さんがごろごろと音を立てて閉じて行く場面を思い出して。
「本井 英集」
自註現代俳句シリーズ一二( 一六)
- 十月十四日
深秋の瑠璃光まとふ薬師岳 大屋達治 バスの車窓からはるかに見える薬師岳は、夕影の中、紫を帯びた紺色をしていた。薬師瑠璃光如来そのものであった。
「大屋達治集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六五)
- 十月十五日
菊枕はづしたるとき匂ひけり 大石悦子 天好園社長新子氏は、村おこしに俳句を取り入れた事業の推進者だった。この句を書いて呈上したところ大広間に掛けてくださったのには仰天した。
「大石悦子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 五九)
- 十月十六日
冷まじや磴刻みゆく足音も 中坪達哉 長い石段を踏み締めて登り行く。羽黒山の二千四百四十六段は圧巻。人影も絶えた晩秋の冷気の中、己が足音にいよいよ冷気も深まって行くような。
「中坪達哉集」
自註現代俳句シリーズ一二( 八)
- 十月十七日
もぎ柿の葉をつけしまま供へたり 中山純子 ちぎるには惜しい葉もそのまま柿をそなえた。
「中山純子集」
自註現代俳句シリーズ二( 二七)
- 十月十八日
月の稲架漁なき蜑の影よぎる 河北斜陽 越中灘浦にも不漁の日がある。対照的に豊作であった高稲架の並ぶ月の道を、不漁の蜑がとぼとぼと過ぎて行った。
「河北斜陽集」
自註現代俳句シリーズ六( 五)
- 十月十九日
老ゆ胸の金輪際へ鵙の声 山本古瓢 次第に老齢を意識することが多くなってゆく。とくに老懶を感じることが多く、鵙の鋭い声が胸に痛いほどの日もある。
「山本古瓢集」
自註現代俳句シリーズ五( 二八)
- 十月二十日
ベンチに居たばこ火乞はれ秋の暮 村松紅花 在ロンドン。ウインブルドン。
「村松紅花集」
自註現代俳句シリーズ六( 三二)
- 十月二十一日
秋深し僧像指もて問ひ掛くる 内田園生 奈良博物館にて。岡寺の義淵僧正坐像に出合う。助骨露わな貞観の僧像に「人生の意義や如何に」と問われる思い。自分では一番好きな句の一つ。
「内田園生集」
自註現代俳句シリーズ八( 一二)
- 十月二十二日
菊を食ひ濁らぬ国にゐるごとし 小島千架子 鹿火屋の北沢瑞史氏が取上げて下さった。この菊は山形の「もってのほか」。
「小島千架子集」
自註現代俳句シリーズ六( 四五)
- 十月二十三日
いちじくの火口を覗く夜なりけり 櫂未知子 旧約聖書にも登場しているように、無花果の栽培の歴史はきわめて古い。だからだろうか、この果実の「火口」を確かめたくてならないのである。
「櫂未知子集」
自註現代俳句シリーズ一二( 四一)
- 十月二十四日霜降
もう泣かぬなれど零れて実紫 徳田千鶴子 闘病六ケ月で夫が亡くなり、沢山泣きました。三年過ぎた秋、紫式部に触れるとハラハラ零れ、いつまでも泣いていてはいけないと知りました。
徳田千鶴子 句集「花の翼」
- 十月二十五日
木の国の木の香なりけり茸飯 藤本美和子 「木の国」はわが故郷。今思うと贅沢な話だが子どもの頃は炭火の上で焼いた松茸などよく食卓に上ったものだ。故郷礼賛のつもり。
藤本美和子 『天空』所収 二〇〇七年作
- 十月二十六日
十三夜マツチの匂ひ指先に 平間真木子 東京歳時記巡りとして竹芝桟橋に吟行。この夜はとても寒くて、男性群は、暖かいワンカップ大関などを片手にしていた。
「平間真木子集」
自註現代俳句シリーズ六( 二五)
- 十月二十七日
読まぬ書の砦づくりに十三夜 角川源義 入院中も旺盛に原稿執筆。若き日からの読書執筆の姿勢で右ヒジに見事なタコができていた。日本の古典はもとより古今東西の名著読破の精力は並外れ、この頃のエリオットやパウンド傾斜は一種狂気を帯びていた。名文寺田寅彦執筆のための砦づくり。(巳之流)
「角川源義集」 脚註名句シリーズ一(六)
- 十月二十八日
稍暗く仰ぎて後の月なりし 小川斉東語 乗って来たタクシーが速度違反で警察につかまり、三十分ほど足留めを食った。偶然十三夜の晩であった。気のせいか、稍暗いようであった。
「小川斉東語集」
自註現代俳句シリーズ六( 八)
- 十月二十九日
木の実降る久米仙人の落ちし森 水原春郎 奈良橿原駅前の森。ここは久米仙人が落ちたと聞き、一句詠む。うべなるかなの佇まい。
「水原春郎集」
自註現代俳句シリーズ一一( 六七)
- 十月三十日
蘆刈の置きのこしたる遠嶺かな 橋本鶏二 家ちかく沼があり伊賀の低い山が向うに並んでいた。ホトトギスで巻頭になったとき「ここまではいい」という虚子先生の評であった。
「橋本鶏二集」
自註現代俳句シリーズ一( 一〇)
- 十月三十一日
伊賀に月そのときすすき秋の霜 玉出雁梓幸 伊賀の芒原は月に穂が刃の様に光った。浄瑠璃の文句に男が女を切るとき「そのとき刃、秋の霜」がある。無理にこの情景に使った。
「玉出雁梓幸集」
自註現代俳句シリーズ六( 二三)