今日の一句:2023年11月
- 十一月一日
神渡し吹きしづまりし湖に月 菖蒲あや 十一月一日、「若葉」山陰大会のため松江に行く。宍道湖の上には大きな月が美しくかかっていた。
「菖蒲あや集」
自註現代俳句シリーズ二(一九)
- 十一月二日
叙勲の名一眺めして文化の日 深見けん二 「文化の日」の題詠。新聞に叙勲が発表されると友人、知人にいないかと、見るが、それほど本気で見るわけでもない。
「深見けん二集」
自註現代俳句シリーズ・続編二〇
- 十一月三日
文化の日山市の一戸畳干す 雨宮昌吉 文化の日はくつろぎ日との先入観を持っている都会人にこの光景は意外に思えた。ここでは天気のよい日は働かねば今日様に申し訳ないのだ。
「雨宮昌吉集」
自註現代俳句シリーズ四(三)
- 十一月四日
荼毘に付す友に黄落しきりなる 鈴木厚子 句友の死。黄葉がしきりに降り、俳句に夢中だった人の死にふさわしかった。
「鈴木厚子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五三)
- 十一月五日
秋の蝶線路越ゆれば冬の蝶 田中芥子 大糸線は、北アルプスの高冷地を走る。気温の差が烈しい。線路を横切った蝶が北へ舞ってゆく。晩秋の安曇野は美しくも厳しい。
「田中芥子集」
自註現代俳句シリーズ六(一二)
- 十一月六日
肌色の地玉子ぬくき冬隣 関口恭代 動物好きが昂じて鶏、矮鶏まで飼う羽目になってしまった。矮鶏は実によく卵を産んでくれる。肌色の小振りであるが殻が固くいかにも愛らしい。
「関口恭代集」
自註現代俳句シリーズ一一(九)
- 十一月七日
日にも風にも山茶花は散り上戸 木内怜子 句集『繭』をお贈りした中原道夫氏から巻紙に達筆のお手紙をいただいたが「散り上戸とは、にくい」とこの句だけ賞められた。
「木内怜子集」
自註現代俳句シリーズ七(四一)
- 十一月八日立冬
藪波の日をはじきつつ冬に入る 梶山千鶴子 嵯峨は竹藪の小径が多い。野々宮辺りのその風情は。
「梶山千鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七(七)
- 十一月九日
山茶花の白こぼれつぐ師亡き日々 藤井吉道 去る七月二日、岸風三樓師は〈六月の夢の怖しや白づくし〉という辞世の句を残して逝去された。ことあるごとに亡き師がしのばれる。
「藤井吉道集」
自註現代俳句シリーズ一一(二五)
- 十一月十日
しぐるるや島の札所の納め杖 長棟光山子 「鶴」の同人研修会。大津市の琵琶湖の湖畔。このとき竹生島へ渡った。あいにくの時雨だったが、雨にぬれた納め杖には風情があった。
「長棟光山子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五二)
- 十一月十一日
先乗りの香具師の長靴一の酉 金久美智子 新宿の花園神社。トラックで乗りつけた若い女性がてきぱきと指示を始めた。なかなか恰好がよくて眺めていた。
「金久美智子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四五)
- 十一月十二日
墳山の亀裂深まる神無月 田中水桜 吉備路へ定晴、十四三両氏と遊んだ。吉備路には日本有数の古墳が多く古代には強力な吉備王国が存在したから神々との結びつきは深いのだ。
「田中水桜集」
自註現代俳句シリーズ五(二一)
- 十一月十三日
かんぬきに決めて北窓閉しけり 成田智世子 施錠はかんぬきが普通。板を打ちつけるもある。
「成田智世子集」
自註現代俳句シリーズ一一(三〇)
- 十一月十四日
白湯呑んで聴く深吉野の夜の時雨 小川かん紅 石鼎の深吉野での作品に〈雨降りし土の黒さや粟を引く〉がある。東吉野村杉ヶ瀬旅館一泊。翌日の句碑除幕式は快晴に恵まれた。
「小川かん紅集」
自註現代俳句シリーズ八(四八)
- 十一月十五日
参道に船寄のあと七五三 浅井陽子 長い参道の先に船寄が残る。潮風が通り抜ける。
「浅井陽子集」
自註現代俳句シリーズ一二(一一)
- 十一月十六日
横顔のさみしさに似て返り花 檜 紀代 ある文化祭の加藤楸邨選の入賞句。この時から主人は、私の俳句に対して協力的になった。
「檜 紀代集」
自註現代俳句シリーズ五(二五)
- 十一月十七日
山に冬来れり葱は直立す 村越化石 山国の冬はひととびに来る。枯れきった段畑に一畝の葱。寒さに負けぬ、その姿が気にいった。
「村越化石集」
自註現代俳句シリーズ二(三八)
- 十一月十八日
忙中の閑に日当る石蕗の花 鈴木鷹夫 仕事と俳句の二足の草鞋がそろそろ無理になって来た。このままだと両方駄目になる予感。即ち二兎追う者は......。
「鈴木鷹夫集」
自註現代俳句シリーズ六(三八)
- 十一月十九日
信長の髯子にあれば花八ツ手 進藤一考 子どもだとばかり思っていたのに、自分の子は髯の生える年齢となっていた。絵で見た信長の髯とそっくりで可笑しかった。厳粛にもなった。
「進藤一考集」
自註現代俳句シリーズ二(二〇)
- 十一月二十日
蓮根掘る一人に日射し余りけり 瀧 佳杖 蓮根掘は根気のいる仕事である。広々とした蓮根畑で一人黙々として蓮根を掘っている。恵まれた小春日和に、蓮根を掘る一人は慰められていた。
「瀧 佳杖集」
自註現代俳句シリーズ五(五九)
- 十一月二十一日
まみどりの落葉も雨に忍冬忌 八木林之助 七回忌。吹き降りの神代植物園を抜けて深大寺へ向った。地面にまだ青い木の葉が沢山叩きつけられていた。
「八木林之助集」
自註現代俳句シリーズ三(三七)
- 十一月二十二日小雪
塗椀の薄紙古りし報恩講 井上 雪 浄土真宗の拙寺では最も重い行事が報恩講である。土蔵から四十人前の輪島塗の椀を出し、細字が薄れた古い和紙を解いては、またそれに包み納めた。
「井上 雪集」
自註現代俳句シリーズ五(三六)
- 十一月二十三日
冬耕の顔おこすたび日本海 吉田鴻司 平明で、冬の穏やかな日の田園風景を詠んだのだと思われる。北風の中の田起し作業は大変な労働で、一息いれるたびに眺めやる日本海。眼前の冬の日本海の変わることなき波頭が美しい。
「吉田鴻司集」 脚註名句シリーズ二(一六)
- 十一月二十四日
落葉踏みつつ相通ふ心かな 村上杏史 白雨会の岡本碩女さんとは気心が通じ合って何事も話し理解して貰えた。この句は道後公園で得たが後日碩女入院の際その病室に貼って慰めた。
「村上杏史集」
自註現代俳句シリーズ五(二七)
- 十一月二十五日
鷹一羽翔つ降りさうで降らぬ空 下里美恵子 神島の沖を指して鷹が一羽、一直線に飛び立った。曇り空に羽音だけが残された。
「下里美恵子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四九)
- 十一月二十六日
小鷹二羽飼ひ故郷塚際に住む 岡崎光魚 伊賀上野の鶏二先生旧居近くに鷹を数羽飼い馴らしている住人がいる。勤め人であるが趣味が高じたのであろうか、放鷹もしているようである。
「岡崎光魚集」
自註現代俳句シリーズ一二(七)
- 十一月二十七日
彼も若き天文学者落葉降る 江口井子 東京天文台。広いキャンパスの中を歩く若い無造作なシャツ姿に、何億光年という単位の宇宙研究の学者のイメージを重ねる。
「江口井子集」
自註現代俳句シリーズ一一(二八)
- 十一月二十八日
霜柱育て圓空入定地 加古宗也 岐阜県関市の長良河畔に、圓空上人の入定地といわれるところが今ものこっている。大きく傾いた墓とその近くに、整備された記念館もある。
加古宗也
- 十一月二十九日
山茶花のひと夜の雨に崩れけり 染谷秀雄 昨夜来から雨が続いている。花びら一枚ずつ散る筈の山茶花がこの日の雨で、まだ有る筈の山茶花が一気に崩れ落ちてしまった驚きと嘆き。
染谷秀雄 令和四年作
- 十一月三十日
星々の嶺に粒立ち狐啼く 角谷昌子 狐の啼き声は、よく「コンコン」と表記される。だが、初めて闇夜に聞いたとき、はらわたを絞るような激しさに仰天した。声に研がれて星々が瞬く。
角谷昌子 令和五年作