今日の一句:2024年08月
- 八月一日
太刀魚の刃渡り長き晩夏かな 大岳水一路 魚揚場の三和土の上に、十四、五匹の太刀魚が並べられていた、いずれも見事で長い。業物の太刀を見る思いであった。
「大岳水一路集」
自註現代俳句シリーズ六(四四)
- 八月二日
晩夏廃村石ごろごろと墓じるし 飯塚田鶴子 晩夏の秋山郷和山。天保飢饉で部落が死に絶え、その墓をたずねた。墓石なく石ごろごろと荒れ放題。晩夏の渓の日は弱く既に傾いていた。
「飯塚田鶴子集」
自註現代俳句シリーズ七(一〇)
- 八月三日
朝の蟬さざ波のごと茂の忌 皆川盤水 「ぼるが」の亭主高島茂が平成十一年八月三日に病没した。告別式は盤水の自宅に近い中野坂上の宝仙寺で行われた。広い境内に朝の蟬が細波のように鳴いている。「さざ波のごと」に深い哀悼の心情がある。通称茂さんは終生盤水の無二の句友だった。合掌。(三四郎)
「皆川盤水集」脚註名句シリーズ二(一二)
- 八月四日
竿燈を横たへたれば月の船 行方克巳 竿燈を運ぶとき横たえるようにする。その印象を月の船と表現してみた。
「行方克巳集」
自註現代俳句シリーズ・続編二三
- 八月五日
竿燈に火の川となる雨後の道 高橋悦男 男鹿半島への旅の途次、秋田市に一泊、竿燈祭を見た。午後から豪雨となったが、夕方には止み、雨上がりの街に竿燈がくりだしてきた。
「高橋悦男集」
自註現代俳句シリーズ一一(三五)
- 八月六日
音もなく師は燃えて今日原爆忌 宮脇白夜 八月五日、中村草田男逝去。八十二歳。私の電話連絡が間に合って、その日の早朝のNHKテレビ・ニュースで、その死の報が全国に流れた。
「宮脇白夜集」
自註現代俳句シリーズ八(四六)
- 八月七日立秋
うたたねを覚めしが秋になつてゐし 今瀬剛一 昼寝覚めは一種の虚脱感をともなう。あたりの物が妙に白っぽく、風も肌にしっとりと感じられる。ふと秋になった思いがする。
「今瀬剛一集」
自註現代俳句シリーズ六(三三)
- 八月八日
ひと坪に足らぬ踊の櫓かな 染谷秀雄 佃島の盆踊は静かだ。江戸時代からの形を今に伝える踊は先祖を偲び隅田川を流れる無縁仏を供養する念仏踊りが起源となっている。一坪足らずの櫓の上で太鼓を叩きながら淡々と唄う。それに合わせて足を踏み、手を振り出して亡き人の霊とともに踊る。
染谷秀雄 句集『息災』 所収
- 八月九日
原爆忌真鯉は水を打擲す 角谷昌子 ふいに鯉が体をくねらせて池から飛び上がり、したたかに水面を打った。散ったしぶきとともに鯉が池に吸い込まれると静寂があたりを覆った。原爆忌の寸時のできごと。
角谷昌子 句集『地下水脈』 所収
- 八月十日
七夕の欅明るき空のいろ 斎藤夏風 珍しく晴れの七夕、涼風も立って星空心待ち。上手くいけば星が見えるかも知れぬ、半分期待、葉の繁りきった欅、その先に農家の屋根。
「斎藤夏風集」
自註現代俳句シリーズ五(四一)
- 八月十一日
溝蕎麦や石三つ積み野の仏 福神規子 畦に見かけた三段に積まれた石。その丸さといい傾ぎ具合といい、多分野仏だろうと思った。金平糖のような溝蕎麦と共に心魅かれた。
「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一(四七)
- 八月十二日
灯を消して盆唄かなしとぞ聞ける 伊藤康江 盆唄がこれほど悲しく聞こえたのは始めて。
「伊藤康江集」
自註現代俳句シリーズ一一(一八)
- 八月十三日
盂蘭盆の関帝廟は硬貨撒く 岩崎照子 神戸山手の関帝廟。硬貨が撒かれておどろいた。丹の色の大きな顔の関帝をおがんだ。
「岩崎照子集」
自註現代俳句シリーズ七(三九)
- 八月十四日
風切つて父の乗りくる茄子の馬 佐藤安憲 バイク乗りの好きな父だった。「茄子の馬」にバイクの父の颯爽とした姿を連想した。
「佐藤安憲集」
自註現代俳句シリーズ一三(二四)
- 八月十五日
戦争に勝ち負けはなし敗戦忌 藤井圀彦 八月十六日の早朝、逃げるように汽車に乗り四国へ向かった。名古屋から阪神へかけては、枕木の燻っているところを通過、飲まず食わずの一昼夜。
「藤井圀彦集」
自註現代俳句シリーズ九(四六)
- 八月十六日
残暑には違ひなけれどただならず 本井 英 ここ十年ほどの異様な気温の上昇は大いなる心配ごとの一つ。「残暑」という言葉のニュアンスなども根底から揺らぎかねない。
「本井 英集」
自註現代俳句シリーズ一二(一六)
- 八月十七日
流燈会われも流るる舟にゐて 栗田やすし 木曽川の流燈会は八月十七日、犬山橋の少し上流から船に乗り込み、流れの中ほどに出て点灯した流燈を流した。
「栗田やすし集」
自註現代俳句シリーズ九(一四)
- 八月十八日
帆柱に網干してをり盆の月 木村里風子 漁師町の盆は静かであった。
「木村里風子集」
自註現代俳句シリーズ一一(一二)
- 八月十九日
稲の花田一枚毎揺れ違ふ 青木華都子 一面の稲の花、風が吹くと、花の花粉がこぼれるのが分かる。道に面している所と、家と家の間の稲の花は揺れ方が違うのである。
「青木華都子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五〇)
- 八月二十日
赤松のうしろはるけき残暑かな 小川かん紅 あの幹の赤さが残暑をさそい出しているかのようだ。
「小川かん紅集」
自註現代俳句シリーズ八(四八)
- 八月二十一日
蜩や遠流の島の汐ぐもり 橋本榮治 初めて佐渡へ渡り、地元の方に島を案内していただいた。寝不足がたたって句は纏まらなかった。佐渡の雰囲気を伝えようとやや大摑みに捉えた。
「橋本榮治」
自註現代俳句シリーズ一二(四〇)
- 八月二十二日処暑
天辺へ牛を追ひ上げ牧の秋 塩崎 緑 隠岐の島での点描。きわめて山が高いということを〈天辺へ牛を追い上げ〉と表現してみた。イメージにセガンチーニの絵の情景を描きながら。
「塩崎 緑集」
自註現代俳句シリーズ六(一〇)
- 八月二十三日
蜩やはや終りたる神あそび 落合美佐子 笛や太鼓の単調なリズムに乗ってくり広げられる神話の世界の絵巻は終るともなく終り、蜩の声があたりをつつんでいる。鷲宮神社。神楽殿。
「落合美佐子集」
自註現代俳句シリーズ九(一五)
- 八月二十四日
山の日のきらりと澄みぬ白木槿 村田 脩 白木槿への日の一閃。山気の澄みあってこその明るさ。
「村田 脩集」
自註現代俳句シリーズ三(三五)
- 八月二十五日
わが屋戸にいささ群竹植ゑて秋 林 翔 私がいささかの竹を買って植えたのは秋。風の音はかそけく、大伴家持の「わが屋戸のいささ群竹吹く風の......」の歌を思い出した。
「林 翔集」
自註現代俳句シリーズ三(二六)
- 八月二十六日
けら鳴くや百雪隠に百の甕 加古宗也 「京都・東福寺」と前書がある。山門の脇に大きな東司がある。穴の上に板を渡しただけの簡易なもので、大小便は売って寺の収入とした。
加古宗也
- 八月二十七日
天網をいくたびもぬけ流れ星 檜 紀代 自分の句が歳時記に載ることなど考えてもいなかった。明治書院の歳時記で、この句を発見したときは、一瞬、頭の中を星がキラキラ......。
「檜 紀代集」
自註現代俳句シリーズ五(二五)
- 八月二十八日
銀漢やほてりさめざる草に寝て 江口井子 ナクソス島のホテルの庭に寝そべって。エーゲ海を旅した古代の人を想って。
「江口井子集」
自註現代俳句シリーズ一一(二八)
- 八月二十九日
天の河わらひわかれてふとさびし 藤岡筑邨 この句を読むと、信濃の秋の夜の感じと友人と別れた時の気持ちが、鮮明によみがえってくる。青春の記念として忘れられない一句である。
「藤岡筑邨集」
自註現代俳句シリーズ七(六)
- 八月三十日
新涼や腹を立てぬを薬とし 大牧 広 回りの人から言うと私は気短かということになっている。自分ではそう思っていない。ただつとめて怒らぬこと、これを自分に言い聞かせている。
「大牧 広集」
自註現代俳句シリーズ六(五一)
- 八月三十一日
溢蚊や知らずじまひのひとの恋 石田小坡 あぶれ残り蚊・哀れ蚊・八月蚊、いずれにしても弱々しい風趣。念願の故郷信濃へ転任したT君、大いに吉報を待ってるぜ――。
「石田小坡集」
自註現代俳句シリーズ六(五二)