今日の一句:2025年04月

四月一日
がうがうと水音迫みずおとせまはつざくら鈴木厚子

初桜に、水音ばかりが迫っていた。

「鈴木厚子集」
自註現代俳句シリーズ一一(五三)

四月二日
きやうのおとさびたるいとざくら伊東 肇

砧公園の中を流れる野川のほとりに、魅了してやまない枝垂桜がある。毎春、この糸桜だけを見るために出かけてゆく。

「伊東 肇集」
自註現代俳句シリーズ一一(三八)

四月三日
かぜかみふんはりとゆうざくら角川照子

夕桜、一日中の緊張から解放された桜が一番好き、桜を渡って来た風が私の髪に宿ってふんわりと。夢幻のとき。

「角川照子集」
自註現代俳句シリーズ五(一三)

四月四日清明
さくら鋼索黒こうさくくろあぶら藤井 亘

夜桜の千光寺へ往復するロープウェイの灯の函が、宙で交叉する美しい夜景。暗いところでは滑車が汚れた重油を垂らしていた。

「藤井 亘集」
自註現代俳句シリーズ五(五一)

四月五日
そそくさうきうき野良のらづれはなづれ平畑静塔

宇都宮市八幡山の花見風景。昭和三十七年、関西より移住した作者には、北関東の風物にはかなりの違和感があったのであろう。醍醐の花見、吉野の花見に馴染んだ作者には、県都のど真ん中の花見も、こういう感じがしたのであろう。自註には女連の花見とある。(宋 岳人)

 
「平畑静塔集」 脚註名句シリーズ二(三)

四月六日
さくらながくにあさやみ原 裕

磯長の国は既出。この太平洋に面した一帯には濃密なくらさといったものはなく、桜の咲くころともなるといっそう淡々とした闇がたちこめる。

「原 裕集」
自註現代俳句シリーズ一(二四)

四月七日
さくらもちうてこうばなさず本宮哲郎

さくら餅の匂いをそっと抱いて薄暮を帰る。春を先取りしたような、ささやかながらリッチな気分。

「本宮哲郎集」
自註現代俳句シリーズ一一(八)

四月八日
ぶつただくろしと甘茶あまちゃそそぎけり薮内柴火

嵯峨清涼寺の甘茶仏は仏生会のときだけ開帳され、法要が終ってから一般に灌仏が許される。恐る恐る甘茶をそそいだが、黒いばかりであった。

「薮内柴火集」
自註現代俳句シリーズ六(二)

四月九日
はなちるや瑞々みずみずしきは出羽でわくに石田波郷

「馬酔木の最後の仕事を持つて蔵王高湯温泉に赴いた。水原先生の御好意に依る。東京は葉桜であつたが出羽の国は満開の花、山は尚蕾が固かつた。帰途車中の作」。波郷はこの頃に馬酔木の編集並びに同人を辞している。

 
「石田波郷集」 脚註名句シリーズ一(四)

四月十日
はなあめちょうつね口籠くちごも貞弘 衛

生前の輝かしい業績や、立派な人柄を、如何に讃えても、厳粛な霊前に告別の辞を述べることは、誰でも、口籠らざるを得なくなるのだろう。

「貞弘 衛集」
自註現代俳句シリーズ三(一五)

四月十一日
かがやきてわがほおかすめらっあり志村さゝを

第二の人生。設置者、県より委託される福祉施設を管理する法人に、退職の翌日採用された。

「志村さゝを集」
自註現代俳句シリーズ七(八)

四月十二日
花時はなどきあかつめりにけり藤本美和子

「赤子」は生後一か月頃の初孫。「花時」の季語に赤子を抱いた時の感触やら、爪の色等々がまざまざと蘇る。その孫も今春、はや大学生である。

藤本美和子
二〇〇七年作。『天空』所収

四月十三日
風大かぜおお屋根やねひとのぼりゐる雨宮きぬよ

我町は坂の町でもある。見晴らしがきく。

「雨宮きぬよ集」
自註現代俳句シリーズ一一(一一)

四月十四日
へんたゆまずふちいっせず佐野まもる

ひたすらなる遍路の歩は、碧くたたえる淵など一顧することもない。ただもうお大師にすがって一心不乱の旅をつづけるだけだ。

「佐野まもる集」
自註現代俳句シリーズ三(一六)

四月十五日
はまぐりのから遠景えんけいらしきもの櫂 未知子

神田育ちの父は上京すると蛤つゆを飲みたがった。あの殻にあるぼんやりとした景色は、早くに亡くなった父との最後の光景のような――。

「櫂未知子集」
自註現代俳句シリーズ一二(四一)

四月十六日
さみしさをみもてぬぐふさくらがい三田きえ子

モナリザの微笑とまでゆかなくとも、ほほえみは心の屈折をカムフラージュする。

「三田きえ子集」
自註現代俳句シリーズ七(一四)

四月十七日
古寺ふるでらにしろがねの雨松あめまつはな池内けい吾

松山の自宅に近い観月山にある石雲寺は、富安風生ゆかりの寺。境内に風生堂もある。松の花に、春驟雨がきらきらと光った。

「池内けい吾集」
自註現代俳句シリーズ八(四七)

四月十八日
かんされふじまる林 徹

工事で掘り出された土管が、藤棚の下へ置かれた。

「林 徹集」
自註現代俳句シリーズ四(三八)

四月十九日
テニス顔右かおみぎひだりはるかぜ嶋田一歩

テニスの試合を見ている観客。テニスの球はネット越しに左右にとぶ。ラリーが続くと観客の首は振子のように動く。

「嶋田一歩集」
自註現代俳句シリーズ五(三〇)