今日の一句

十二月九日
岐路きろ西にしやすらぐかれかな松村蒼石

どこまでも一本路車も見えない俳句の素材らしいのも見当らぬ曇天の枯野である。相当の時が過ぎ町が見える頃薄い西日の中に岐路があった。

「松村蒼石集」
自註現代俳句シリーズ二( 三七)

十二月八日
開戦かいせんかさなすおち葉燃ばもやしけり渡辺雅子

小岩の「鵯の会」で川端火川先生の賛同を得る。あの日、朝刊を開き「戦争が始まったか」と一言父が言った。〈開戦日父も私も若かった〉同時作。

「渡辺雅子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 二六)

十二月七日大雪
はくちょうのずぶすえのごとくあり岡崎桂子

雨粒が白鳥のすべすべした翼の上を滑りおちる。動かずに雨に打たれている白鳥。

「岡崎桂子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三)

十二月六日
しゅだいふゆぬくめしのみ有馬朗人

夏草散歩句会の面々と世田谷のぼろ市へ吟行した。いろいろ売っている中で、私は冬日にぬくめられた鑿を手にした。イエスも若い時は大工であった。

「有馬朗人集」
自註現代俳句シリーズ四( 四)

十二月五日
炉辺ろべふあるじを目守まもかりいぬ河北斜陽

知合の農家に宿を借りた狩人が、炉火に暖まりながら酒を酌み次第に酔ってゆく。土間につながれた猟犬はじっと主人を見つめている。

「河北斜陽集」
自註現代俳句シリーズ六( 五)

十二月四日
せき真似まねてゐたるせいだまりけり森田 峠

咳きこむ教師→咳を真似てからかう生徒ら→いよいよ苦しむ教師→真似をやめて心配する生徒ら、と相対的変化をとらえた。

「森田 峠集」
自註現代俳句シリーズ一( 六)

十二月三日
ふゆ意志いしすこやかに紅一点べにいってん柴田白葉女

庭の梅の冬の芽がふと小さく固いままに紅ざしているのに気付いた。春を待って萠え出ようとする植物のすこやかな意志に感動したのである。

「柴田白葉女集」
自註現代俳句シリーズ一( 二六)

十二月二日
つき破片かけらばりばりさかねぎぐるま古舘曹人

凍てついた坂道を音を立てて登る葱車と鋭利な半月。私はこの作から自分の人生の意思を句にこめることを心掛けた。三十五歳。

「古舘曹人集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三二)

十二月一日
ふゆ芽上めあきょうせいのさるすべり中村阿弥

波郷先生二十五回忌、道後温泉にて。波郷先生の生家と垣生小学校を訪れた

「中村阿弥集」
自註現代俳句シリーズ一三( 七)

十一月三十日
おもさうなおとしてかろおちかな石﨑宏子

散る音の重さと、拾い上げてみた落葉の思いがけない軽さの落差。自然界はささやかなことにも驚きが満ちる。

「石﨑宏子集」
自註現代俳句シリーズ一三( 六)

十一月二十九日
まもり箸延命はしえんめい箸冬はしふゆぬくし佐藤信子

木之本のお地蔵様はどっしりと大きく安らぎを与えてくださる。母へお土産に延命の箸を買う。

「佐藤信子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三三)

十一月二十八日
披露ひろやまのしづけきおちよりかな和田順子

逗子市が「逗子八景吟行会」を行い、選者で参加。若い職員は健脚で、いつもの吟行のペースとは違いハイキングのようであったが和やかな会に。

「和田順子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 一五)

十一月二十七日
ぼうちゅうかんあた石蕗つわはな鈴木鷹夫

仕事と俳句の二足の草鞋がそろそろ無理になって来た。このままだと両方駄目になる予感。即ち二兎追う者は......。

「鈴木鷹夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 三八)

十一月二十六日
絵馬えまくほど願易がんやすからずかみ留守るす鈴木栄子

清水寺で出来た。ちょうど四十七年「鳥獣戯画」で高山寺通いをしていたころ。山を下りて来たら何とも寒くてタワーホテル地下の銭湯に飛込んだ。

「鈴木栄子集」
自註現代俳句シリーズ四( 二八)

十一月二十五日
与謝よさしぐれ一名峯いちめいほうとおめかす西山小鼓子

丹後の与謝郡は大江山の北側一帯をふくむ。その与謝地方に降る時雨は京都あたりよりは移り方も早く荒く時に大江山をにわかに遠ざけて見せる。

「西山小鼓子集」
自註現代俳句シリーズ五( 三二)

十一月二十四日
綿虫わたむし家々いえいえぐちへり蓬田紀枝子

団地の午後はひっそりしたもの。綿虫など見つけたのは私だけかも知れぬ。

「蓬田紀枝子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五七)

十一月二十三日
かささせばかさくらさの一葉いちよう加藤燕雨

一葉忌の題詠がありこの句を得た。一葉忌の句は多く作ったが、この一句を残すことにした。

「加藤燕雨集」
自註現代俳句シリーズ八( 二八)

十一月二十二日小雪
きのぼる歳月さいげつおおたん小川かん紅

須賀川牡丹園の牡丹供養、石鼎ゆかりの牡丹焚火へ招かれて出席。焚火の焰がさまざまの色を織りなして神秘的である。赤・紫・緑等々。

「小川かん紅集」
自註現代俳句シリーズ八( 四八)

十一月二十一日
きょうやぎんなんたる茶碗ちゃわん川畑火川

ここにどうして茶碗蒸しが出て来たのか不明。思い出といえば、集まれば酒、酒席となればのことか。

「川畑火川集」
自註現代俳句シリーズ五( 三九)

十一月二十日
冬虹ふゆにじ栄光半えいこうはんなかりせば有働 亨

この年の世界のビッグニュースのトップは「ケネディ大統領暗殺」であった。愕きに立ちつくす私の目に冬虹が見えた。深い人間不信に苛まれた。

「有働 亨集」
自註現代俳句シリーズ四( 一二)

十一月十九日
ふゆもず籠裏谷風ごめうらだにかぜなか鳥羽とほる

馬籠宿は一筋の街道に沿い、坂道で綴られている。宿の裏は浅い谷になって四季おりおりの風が通っている。永昌寺の藤村墓地へゆく。

「鳥羽とほる集」
自註現代俳句シリーズ三( 二三)

十一月十八日
ふゆはえいきなりびてひかりけり深見けん二

上野章子「春潮」主宰と、前年から二人吟行をして「春潮」誌上に掲載された。これは六回目で、百花園、十一月十八日である。

「深見けん二集」
自註現代俳句シリーズ続編( 二〇)

十一月十七日
朝市あさいち白菜はくさいんでおやうま野崎ゆり香

中国の朝はぴかぴかに磨かれた自転車のラッシュである。その中を悠々と親馬と並んで可愛らしい子馬が荷物を積んで通る。

「野崎ゆり香集」
自註現代俳句シリーズ六( 六)

十一月十六日
みずいてつちをいやせる六月ろくがつ伊藤敬子

十一月は乾燥期。昨年は名古屋の水甕まで乾燥してしまった。土から水を抜いて土をいやせる自然の法則。

「伊藤敬子集」
自註現代俳句シリーズ五( 五)

十一月十五日
みずからをきよめゐるごとからまつ関森勝夫

南アルプス二軒小屋付近。からまつの林中の道。黄葉が厚く積っていた。なおさらさらと音を立てて葉が散っていた。冷えた空気が痛い程だった。

「関森勝夫集」
自註現代俳句シリーズ六( 二四)

十一月十四日
ちゃはなのつぼむお福顔ふくがおにかな福神規子

畑境に茶垣があった。葉籠りに清楚に咲く茶の花はまことに美しい、と見ているとまるでお多福の頰のようにふっくらとふくらんだ莟に出会った。

「福神規子集」
自註現代俳句シリーズ一一( 四七)

十一月十三日
はつ時雨しぐれしょにてしゅう佐藤公子

降り出した雨を避けて入った神田の古本屋さん。五千石先生の『森林』と、愛嬢日差子さんの『日差集』が並んでいた。

「佐藤公子集」
自註現代俳句シリーズ七( 二二)

十一月十二日
蓮掘はすほりのすみたるみずれり鈴木貞雄

霞が浦のほとりに、蓮掘を見に行った。ホースで水を送って泥をとばして蓮を掘ったあと、蓮田の水は平らに静まりかえる。

「鈴木貞雄集」
自註現代俳句シリーズ七( 二九)

十一月十一日
セザンヌのより柿落かきおち高橋悦男

高校の頃、美術部で油絵を画いた。手本はもっぱらセザンヌ。マチス、ピカソは大嫌いだった。今はピカソとゴッホが好き。

「高橋悦男集」
自註現代俳句シリーズ一一( 三五)

十一月十日
綿虫わたむしそうをばまれけり和久田隆子

菩提寺に後継者として若い僧が入った。厳しい御前様のもとで、この先大変だろうと思った。綿虫の舞う日。

「和久田隆子集」
自註現代俳句シリーズ一〇( 二四)